プロアングラーの山口充さんから「君も一緒に311の日に東北に行かないか」と声をかけていただいたのは、とある宴の席上でのことだった。山口さんが毎年出かけているという311宮城釣り旅行。このタイミングで東北に釣りに行くことには、大きな意味があるという。それを自分の目で確かめるべく、山口さんの旅に同行した。
今回の旅人
■プロアングラー
山口充(やまぐち・みつる)
ジャンルを問わず様々な釣りに精通、J:COMチャンネルで放送中『釣りたいっ!』ではメインMCとして旬の釣りを紹介するなど、多方面で活躍するプロアングラー。釣りを身近な遊びとして普及させるべく様々な活動に取り組む日本釣振興会の神奈川県支部長。バイクレーサー時代にミヤギササニシキレーシングとして活躍するなど、宮城には深い縁がある。
■魚料理研究家
石井ちか江(いしい・ちかえ)
釣った魚を美味しく食べたい! という、料理をテーマとして日本全国で様々な釣りに挑戦している。大規模な釣りイベントでさらりと優勝をもぎ取ってしまうなど、釣りの腕前では山口さんも舌を巻くところがあるとか。
愛称(?)は石井先生。
東北の魅力をたくさんの人に知ってほしい
山口さんは公私ともども東北に縁があり、東日本大震災発生以降は直接的な生活支援や釣りのイベント企画をおこすなど、多角的な活動に取り組んでいて、特に毎年3月11日の前後は必ず東北地方にでかけている。現地の様子を写真記録を収めつつ、釣りの現場も含め、いまそこに生活している人たちがどんなことを感じているのかを直接知ること、そして、多くの人に知ってもらうことがライフワークとなっているのだという。
山口「宮城には毎年、いや、昔から出かけています。被災してから少しずつ瓦礫が片付いて復興していく様子をみてるとね、すぐに日常を取り戻せた地域とそうじゃない地域のコントラストがあって、こういうことはやっぱり実際に行ってみないとよくわかんないんだよね。それから東北の釣りのすごさ。関東の人にはあまり知られていないんだけど、魚もたくさんいるし、面白いし、人の熱量がすごいんだよね……そういうところを見てほしいんだ」
宴の歓談の賑やかな声がじんわりと耳に心地いい。
山口「この時期の宮城は海も魚も、街もいいんだよ、それを多くの人に知ってもらいたいんだよね」
「それに……」と続けながら山口さんが盃をぐいっと持ち上げた。
山口「松島湾のハゼがすげーんだよ尺サイズ(約30cm)とかでぎゅんぎゅん糸鳴りしてさぁ、それを和船と和竿で釣るんだけど、これがまた絵になるんだなあー!」
「えっ、えっ!?尺ってなんですかそれ本当にハゼですかそれ! わかりました行きましょう山口さん!」という乾杯をかわしてから9ヶ月。ついに本当にその日がやってきてしまった。
3月9日22時5分、都内を出発、仙台まで自走
旅の行程は9日夜発、車で仙台は塩釜まで走り、10日早朝からカレイ釣りで出船。夜は陸奥国一之宮「鹽竈(しおがま)神社」の「帆手祭」を見物。
翌11日は女川町まで出かけ、道中で毎年定点観測している地点を写真撮影。震災追悼式典が行われる女川の街で14時46分を迎え、塩釜に戻ってからいつもお世話になっている料理屋さんで会食。
12日は塩釜港の水産物仲卸市場で懇意にしている仲卸さんを訪問、場内の新鮮な魚介をいただいて帰路につくという、濃厚な3日間と少しの予定だ。
車の運転はいつでも交代しますと申し出たものの、基本的には山口さん自らがハンドルを握ることがほとんどらしく、日本全国どこでも車ででかけてしまうのが山口さん取材班の特色。過去には仙台に取材に出かけたその足で鹿児島まで走り、当然鹿児島から横浜まで自走で帰ってきたのだという。
手元のiPhoneで確かめると、横浜から鹿児島まで片道1400km、「高速道路を使っても17時間かかる」とGoogleマップがはじき出した。んんッ……。
山口「あ、ちなみに鹿児島までは高速道路じゃなくて下道ね」
んんんんッ……。
山口「やっぱり飛行機とかと違って自分で走ると見えてくる景色も違ってくるんだよね。そういうの、きみもわかるだろう? 鈴川くん、鹿児島にもいこうな!」
鈴川「……ハイ!」
道中は眠ることもなく、震災当日から今までの話、山口さんと宮城の縁、これからの東北の釣りのことなどを話しながら常磐自動車道を北上。仙台平野に出てもまだ辺りは真っ暗。少しネムイ。
ハゼ……は? カレイ釣りに
今回お世話になったのは、塩釜港の「えびす屋釣具店」。釣具店を営むかたわら、古くから遊漁船を出している老舗で、このエリアの名物であるカレイ釣りやメバル釣りをはじめ、ブリなどの青物ルアー釣りやマダラ釣り、テンヤマダイ釣りやハゼ、アナゴ釣りでも出船している、幅広い釣り物で楽しめる釣り船だ。
山口「いま関東ではカワハギ釣りとかが人気だけど、実はあれ以上に人気だったのが宮城の船釣りでね。カレイ釣りもゲーム性が面白い釣り。この仕掛けを見てみてよ」
と山口さんが指をさすのは、ご当地仕様のカレイ釣り仕掛けのコーナー。各メーカーから販売されていて、釣り船オリジナルのものは700円。これだけ高価な仕掛けが飛ぶように売れたのだという。
「宮城のカレイ釣りは独特の仕掛けが発達していてね、主に狙えるのがマガレイ、イシガレイ、マコガレイ。それぞれ魚の性格も異なるし食い方も異なる。これに対応できるようになっていて、カレイの種類を釣り分けるのがこの釣りの面白いところでもある。震災で客足が遠のいてしまっていたんだけど、どうやら今年は以前の活気が戻ってきているみたいだね」と山口さん。
確かに午前5時前にして、店内にはひっきりなしに乗船客がやってきて、笑顔で出迎える女将さん一同大忙しの受付が続いている。3月にしては暖かいものの、夜明け前の空気はずしんと冷える。店内の暖房のぬくもりが嬉しい。
ちなみにハゼ釣りは? はい。この時期ハゼは深場に落ちていて、釣り船は出ていない。ですよねー……。なんで、ハゼ釣りは8月くらいまで待ちましょう。逆に面白いのがご当地名物のカレイ釣りで、数釣りが楽しめるのが東北エリアの特徴。夏に向けては旬を迎えるマコガレイ狙いが加熱する。
山口「この時期はやっぱりカレイ釣り。特にマガレイね。煮付けてもうまいし、刺身もいいよね。自分から狙って魚を掛けにいくこの釣りの楽しさは、1度味わうと虜になるのがわかるよ」
あんまり知られていないように思うけど、カレイは刺し身にすると極上の味。特に釣りカレイは高値で取引される高級魚だ。
山口「ハゼはハゼで違う時期に行こうな!」
鈴川「……ハイ!」
6月現在、市場では驚きの価格がつく高級魚、夏のマコガレイが旬を迎えています。
午前5時30分出船、目指すは金華山沖
出船場所はえびす屋さんの店舗から1.6kmの籬(まがき)漁港。辺りはまだ薄暗いなか、何艘もの釣り船が暖気するエンジン音と、つぎつぎ集まってくる釣り客の車が行き交って、騒然とした気配に包まれている。
「すごいでしょうこの雰囲気。確かに今年はだいぶ人が戻ってきているね。それでも震災前はもっと人が来ていたんだよ」と山口さん。
午前5時30分、籬漁港を出船。
船はとろりとしたベタ凪の松島湾を抜け、約1時間の航程で進んでいく。夜が明けていくとともに、深い紺色の空に白く冠雪した奥州の峰々のコントラストがくっきり浮かび上がってくる。
南は安達太良山に吾妻山、少し北にひときわ存在感のある蔵王連峰、特徴的な山かげは船形山、煌々と明るいのは仙台の港と街。見渡せば名勝松島の島々。飛沫をあげる舳先からは牡鹿半島と金華山が朝焼けの東に黒々としたシルエットを佇ませている。
太平洋のうねりをざばざばとかき分けながら、釣り船は仙台湾を横断していく。
グルメな巨大カレイのご機嫌をうかがいに参上する釣りらしい……!
今回は、宮城を代表する金華山沖のポイント「大型漁礁」のカレイ釣り。広大なエリアに漁礁が沈められているポイントで、この時期は40mほどの水深にカレイほか、様々な魚がひしめき合っているという。
■船長
我妻大(あがつま・だい)
この日の船長は我妻大さん。年間を通じて大型漁礁などでの釣り物に精通。釣り船としては最大級サイズとなる19tの大型船を自在に操る高度な操船技術と、あたたかみのあるトークで釣り人をサポート。サングラスの下に見え隠れする眼差しがやわらかい。
「大型漁礁」のカレイ釣りは数も大きさも迫力あり! タックルと仕掛けの構成
エサとして配られたのはアオイソメ。同じゴカイの大型種イワイソメと見違えるような極太な面構えでのたくっていて、仕掛けは丸セイゴ針12号の3本針で全長80cm、幹糸5号、ハリスは3号という多連掛けを想定したゴツいものを使用。
なるほど、これが宮城のカレイ釣りかと唸る、全体的に魚のサイズ感と数釣りへの期待が高まる構成だ。
仕掛けには蛍光イエロー、蛍光グリーン、レッドの目立つ装飾が施されていて、このカラーリングはマガレイ、イシガレイ、マコガレイにそれぞれ強くアピールする作用があるといい、日によって微妙に好みが変わる気分屋なカレイのお気持ちを察するのが、この釣りの面白さの第一段階とのこと。
カレイ釣りの使用タックルについて
サオはオモリ負荷20~30号の長さ1.6~2.1mのもの。先端が曲がりやすい先調子が使いやすいです。
リールは太さ1.0~3.0号のイトが100m巻ける、要するにごく標準的な小型両軸リールでOK。
道具がない人はレンタルタックルを借りられます。詳しくは「えびす屋釣具店」のWebサイトにて。
当地のエサの付け方
7時、実釣開始
ポイントの「大型漁礁」に到着すると、風はないもののそこそこ迫力のあるうねりが入ってきていて、船首に近い釣り座は大きく動揺している。
真っ先に口火を切ったのは石井先生。山口さんがまだ仕掛けを降ろす前の1投目から、大きくサオをしならせて上がってきたのは40cmはありそうなイシガレイ。
こ、こんな良いサイズのカレイが、いとも簡単に……。これには山口さんもニヤリ。「鈴川くん、早くしないと石井先生がみんな釣っちゃうよー! この人は放っておくと300人規模の大会でも優勝しちゃうくらいカレイに目がないんだから」
そんなぁ、わたしは楽しく釣ってるだけですよう……などとニコニコしながら、しかし手は緩めずに次々とカレイを仕留める石井先生はどうみてもカレイの天敵である。
……しかしこの辺りが限界だった。前日から一睡もしていないカラダはもはや重力に逆らうこともできず、狂った三半規管は猛烈な船酔いを誘発し、ふらふらと座席に倒れこむように横になって目を閉じたと思ったら、なぜか2時間が過ぎていた。なぜだ。
乗船の際は適度な睡眠時間をとりましょうね!!! 船酔いの確率を大幅にさげられます!!!
カレイ釣りの面白さは多彩なアタリにあり
気がつくと、相変わらず賑やかな山口さんと石井先生のバケツはカレイでいっぱい。船中もあちこちで釣れ盛っている様子。これはいけません。何のためにここまできたのか……。負けじと仕掛けを海底へ送り込む。
当地の船釣りカレイは、1秒間隔程度でやさしくトントンとオモリで海底を叩く小突き釣り。オモリで海底の砂を巻き上げ振動で注意を引き、3本ハリの仕掛けに3匹のエサ、合計9匹ほどのでっかいイソメが海底をわさわさ漂って、なんだなんだと寄ってきたカレイがパクリという寸法。
この釣りの面白いところは、まずカレイは色に反応するということ。仕掛けのカラーリングによってカレイの反応が変わるため、その日の当たりカラーを引き当てることがひとつ。
もうひとつは、釣れるカレイの種類が主に3種いて、かつそれぞれエサの食べ方がまるで違うこと。
仕掛けのカラーリングである程度選択的に特定のカレイを狙えるほか、手元に伝わってくる魚がエサに食いついた感触の違いで、どのカレイがきているのかがわかる。カレイの種類の違いでハリに掛ける方法が変わり、特に美味しいことで人気のマコガレイは最も気難しい食べ方をする魚のため、この「釣り分け」を上手にこなせるかどうかが釣果を分ける、この釣りの面白いところになっている、ということらしい。
山口さんが解説、仙台湾「大型漁礁」船釣りカレイの基本的な釣り方
長年仙台湾のカレイ釣りに親しんできた山口さんに、カレイの釣り分け方の極意を伺ったのでご紹介します。
山口「マガレイは当地でもっとも釣れる魚。積極的に小突いて誘いを行うことで、ガンガンとサオを叩くような感触のアタリがハッキリ出るため、他の2種と区別することができます。こちらから仕掛けていく攻めの釣りが主体になります」
山口「マコガレイは食った瞬間はその場に止まってエサをもぐもぐしていることがほとんどで、最初はサオに重みが伝わります。吐き出してしまうことも多いので違和感なくエサを食わせる間を作り、細かいアタリが出てもあわててサオを立てず、しっかり食わせます。アタリから食わせ、アワセまでかなり長くなります」
山口「イシガレイはハッキリとしたアタリが出ることが多いですが、アタリの大きさに誤魔化されず、やはりしっかりと食わせる間をとってあげましょう。最初はマコガレイと同じでサオに重みが伝わるので、すぐに食わせる操作に移ることが重要。マコガレイと比べると動きはより大きく、待ちの時間は短くなります」
山口「なお、ハリ掛かりしたあと、マコガレイは重みから強い引きになります。強く引いたかと思えば体を曲げてブレーキ。また引き込む。イシガレイは、アワせると引きが派手になり、引く時間が長いことで、違いが見分けられるようになると思います」
単純に、釣れるのはマガレイが大半でしかも数が多く、積極的にガンガン食ってくるので特に難しいことはない。サオを叩くようなアタリがあったらゆっくり竿先を持ち上げるようにしてリールを巻くだけで、お目当てのカレイが釣れてくる。初めて釣りをする人でも釣果に恵まれるはずだ。
マガレイの、その先に
空白の2時間を埋めるようにマガレイのわかりやすいアタリでカレイ釣りに慣れてきたなーと思っていたとき、その変化があらわれた。竿先にプルッという小さなアタリがでて、何かがもぞもぞしている感触が伝わってくる。こ、これは……?
山口「鈴川くんッ、そのアタリはマコだよ! 慎重に!」
これが……マコガレイ? 確かにマガレイのダイナミック捕食とは違い、ご飯はよぉく噛んで食べましょうねぇというテーブルマナー嗜むよく訓練されたグルマンが静かに箸を口に運ぶかのような昼餉の儀の様子が、海底から竿先に伝わってくる。ラグジュアリィな感触だ。もぐもぐもぐ。……ヤツはそこにいる! カレイなだけに。
時間にして30分は経ったであろうか(実際には10秒くらいです)。時折ハリ掛かりしているのではと疑いたくなる小気味好いアタリが出る。これはノッているのではないか……! そおっと竿先を持ち上げる「聞きアワセ」のリフトアップ体制に……入ったところで、生命感はするりと遠ざかってしまった。本日はご会食まことにありがとうございます。お会計はあちらでどうぞー……。
数分後、船の一番うしろ側のトモ席近くの人に40cmはあろうかというマコガレイがあがってきた。
山口「あれ、間違いなくさっきのだね(笑)ちょっと早すぎだったねえ」
はい。それではみなさんもご一緒に。
「マコガレイ、早アワセ、ダメ、絶対」
12時30分、ストップフィッシング
この後も竿先に集中してねばったものの、マコガレイのアタリはなし。マガレイ7尾で終わった。
船中で1番多く釣った竿頭の人は39尾。山口さんは写真撮影なども兼ねながら20尾ほど、石井先生が30尾ほど。僚船では62尾釣った人も。2時間以上もロスして7尾は個人的には大満足だけど、この仙台湾ではまったく少ない釣果。それほど、この宮城の海は豊かなのだ。
ちなみに山口さんはこの日のエサにマルキユーのバイオワーム『パワーイソメ』のみを使用してこの釣果を叩き出している。
山口「イソメはさ、やっぱり初めて釣りをするには見た目とか色々ツライ人もいるじゃない。だからこういう誰でも触りやすいバイオワームでもバンバン釣れることを証明していきたいんだよね。こういうところから釣りに触れる人を増やすのが『釣り振興』なんじゃないかなと思ってる。ちゃんと釣れたでしょう? まぁ見た目はちょっとリアルだけどね(笑)。それに、この『パワーイソメ』はカラーバリエーションが豊富なのがこのカレイ釣りにはマッチしている。どの色で釣れるのかを探るのが楽しいんだよね。これは他の釣りでも同様」
松島湾はやっぱりハゼ
港から戻ってくると、えびす屋釣具店の先代社長、伊藤長栄さんが釣行をねぎらってくれた。長い付き合いのある山口さんと再会を喜び合い、たちまち釣り談義に花が咲く。店内にはいくつか昔の写真がかざってある。聞けば今でもカレイはこれだけ釣れるというのに、昭和の昔は釣り場も岸近くで、桁違いに魚がいたんだとか。
お店の奥に見慣れない干物が吊るしてあった。塩釜名物の「ハゼの焼き干し」だ。
山口「鈴川くん、これだよ。これが松島のハゼ。そして塩釜の味。よくみていきな」
塩釜のハゼの焼き干しはニュースでも知っていたけど、実物を拝むのは初めて。ハゼは意外と脂の乗る魚で旨味がある。さぞかし美味しいのだろうという意地汚い顔をしていたら、伊藤長栄さんがニコニコしながら色々教えてくれた。
すっかり水分が飛んで縮んでいるにもかかわらず、大きい。元の魚体は20cmくらいはあるだろうか。うわさに聞く松島の巨大ハゼはさらに大きいということだが、これだけのサイズがたくさん獲れるというだけでも首都圏ではまず聞かないうらやましい話。
しかしそんな松島のハゼも、今ではかなり姿を減らしてしまったのだという。原因は、よくある乱獲や人の手による環境破壊ではなく、東日本大震災。津波の引波が松島湾にびっしり生えていたアマモをごっそり流してしまったというのだ。
豊かな自然環境が、地域の力になる
アマモは魚などの海の生き物を育むゆりかごとして機能することが近年知られるようになってきた海藻だが、現在の日本ではアマモの生育に適する遠浅の海岸や干潟は埋め立てられるか、都市生活をまもる護岸に姿を変え、ほとんど残っていない。
松島湾は今日では奇跡的に大規模なアマモ場が広がる貴重な地域だったのだが、津波でアマモ場が消滅してしまい、ハゼにとっても大打撃になってしまったというわけだ。
しかし、地元ではその松島湾のアマモ場を取り戻そうという取り組みも始まっている。それが「松島湾アマモ場再生会議」実はえびす屋釣具店も宮城県釣船業協同組合理事長として、専務の伊藤栄明さんが精力的に旗を振っている。
自然環境を壊すのも元に戻すのも活かそうとするのも人の都合が大きく左右するが、松島では海の環境を人間社会に益のある存在として認識し、地域全体で守ろうという大きなうねりになっているようだ。
なるほど、これは秋のハゼ、釣りに行かなければなりますまい。……という意地汚い釣り人の顔で振り向いたら、山口さんがニヤッと笑った。
15時10分、俺達の戦いはまだはじまったばかりだ……!
えびす屋釣具店を後にすると、山口さんがお店の上の方を指さした。
山口「あそこ、ほら見て。あれが津波の到達波高」
なにげに今回宮城に来て、初めて直面する、震災の被害の大きさを表す印。個人的にも、津波の被害を直接自分の目で確かめるのはこれが初めてになる。
山口「東北の釣りが素晴らしいということを伝えていくには、当然東北の今も伝えなければ嘘になっちゃう。こういう被害の実情を知るのも今回の旅の目的。そしてもちろん、被害だけでもない、人の力の強さも見ていこう。そこもまた東北を好きになる魅力のひとつなんだから。まずはホテルに行って、少し休んで、そして夜から始まる……」
つまり、アレですか。アレですね。
山口「鈴川くんもお楽しみの、鹽竈神社帆手祭!!!」
鈴川「やったあああああ」
そう、毎年3月10日は鹽竈神社の神事「帆手祭」が催される。重さ1tもある独特の形状をした壮麗な神輿が、氏子たちによって朝から夜まで市内をぐるりと練り歩く。毎年、この日は雪になることが多いという。
山口「3月といえば東京じゃもう暖かくなってくる頃だけど、東北は夜になればビシッと冷える。そしてこの日はなぜか雪が降る。夜、市内を巡ったお神輿が鹽竈神社に帰ってきてさ、緊張と興奮が最高潮に達するこの瞬間を待っていたかのように、チラチラと雪が舞い始める。背筋がゾクッとするわけ。そういう何かがあるんだろうね。そしてお神輿が神社の階段を登りきると、辺りがお祝いの空気に満たされる」
この話は今日ここに来るまでに何度も聞いていた。鹽竈神社は古代から続く広大な陸奥国の一之宮。全国どこの一之宮もだいたいそうだけど、篤くお祀りされているお社は古くから続く信仰が地域性とともに何かしらのかたちで強く残っていたりする。鹽竈神社では、どんな出会いがあるだろうか。
山口「まずは寝よう(笑)。きみは船でも寝てたからいいけど(笑)さすがに疲れた! で夕方ちょっと反省会してから、夜の街に繰り出そう」
鈴川「……ハイ!」
ホテルに着いたら、秒で寝た。
続きます。