〝Nano〟という文字は、マスクや洗濯用洗剤など日用品などにも広く使われてきており、生活に深く浸透してきた言葉になりました。釣具でもナノ系素材といった名前を見聞きする様になりましたが、ロッドで使われているカーボンナノチューブ(以降C・N・T)とは、いったいどんな素材なのか? と疑問に持たれた方も多いと思います。この素材の特徴や特性は何なのか。そして、C・N・Tを採用すると普通のロッドと何が違ってくるのかを説明していきたいと思います。
【Profile】
舟木雄一(ふなき・ゆういち)
国内ロッドメーカー、テンリュウで開発とプロモーションを担当。ライトゲームからオフショアまで、幅広いターゲットをカバー。今回の原稿執筆も担当
そもそも「カーボンナノチューブ(C・N・T)」とは、何ナノか?
C・N・Tとは、その名の通りカーボン素材なのですが、チューブ状の形状になっているのが特徴です。ナノという単位は【ナノメートル=10億分の1メートル】という、とんでもなく小さなサイズなので、電子顕微鏡で確認しないと分からない程です。
●C・N・Tコンポジットの組成図
もっと簡単に説明すると「目に見えない程の小さなチューブ状のカーボン素材=C・N・T」という事になります。
C・N・T単体だけの強度を計ると鋼鉄よりも強く、そしてアルミニウムよりも軽い特性があります。
これを、ロッドにコンポジットさせれば、強度を補強できるのでは? というのが、テンリュウがC・N・Tの採用を検討し始めたきっかけでした。
C・N・Tの主な効果と汎用性
カーボン製ロッドの素材は「カーボン繊維(ガラス繊維を含む)」と、繊維を固める「樹脂」に大別できます。
カーボン繊維に樹脂を含侵させたシート状の素材をプリプレグ(焼く前なので柔らかい)と呼び、これを特定のパターンに切り分け、マンドレル(鉄芯)に巻き付けて焼成するとロッドのベースとなるブランクが出来上がるのです。
そしてプリプレグを構成する樹脂の中にC・N・Tを配合して、前述の作成工程を経るとC・N・T入りのブランクが完成します。
C・N・Tをロッドに採用するメリットはズバリ、「強度・耐久性・ネバリ」の向上!
ロッドの『腰が抜けた』と聞いたことがある方も多いと思いますが、これはカーボン繊維を繋ぎとめていた樹脂間の層が壊れ、剥離を起こしたことが原因の一つでもあります。
先ほど述べたように、カーボンロッドはカーボン繊維を樹脂で固めたと説明しました。繊維の間にある樹脂が破壊と剥離を起こしていくと徐々にネバリ強さが失われてしまい、これが極端に進むと折れる原因にもなるのです。
ロッドが折れる訳ではありませんが、徐々にネバリが落ちていく(樹脂同士の結びつきが落ちていく)ことが『腰が抜けた=ネバリが落ちた』と言われる要因だったのです。
そこでC・N・Tをコンポジットすると、カーボン繊維を繋ぎとめている樹脂間の結びつきを高めてくれる役となり、破壊と剥離を低減してくれる役割をしてくれます。また樹脂の中に入れるので、ブランク自体の重さは大きく変わらないのが特徴で、軽量なブランクのまま〝ネバリ強さ〟をアップする事が出来るといったメリットが生まれてくるのです。
各社では様々なナノ系の素材を採用しており、この樹脂の中にナノサイズの添加物を加えてロッドの強度アップを図ったり、樹脂の構造を均一に配置して基礎的な強度アップを図ったりしている訳です。
天龍ではオフショアフィッシングのジギングロッドこそネバリ強さが必要だろうと考え、ジグザムシリーズや、ホライゾンシリーズなどにC・N・Tを採用してきました。
細身であってもネバリ強く、繊細さを伴うスロージギングやスーパーライトジギングなどではロッド開発が一気に進展した様に思えました。
また、ネバリ強さをプラスさせるのではなく、『落とさない』といった考えの基で開発を始めたロッドがありました。それはトラウトロッドのレイズ・スペクトラや、ライトゲームロッドのルナキア等が例に挙げられます。
一般的に高弾性のカーボン素材を使うと、肉薄なブランクであってもピンとした張りを持たせることが出来るのですが、必然的に肉薄なために強度が落ちてしまう傾向にありました。
そこで、C・N・Tをコンポジットしてみると、同じ肉厚のブランクであってもネバリ強く、折れ難いモノに仕上げることが出来ることが分かったのです。
軽量で繊細なロッドを作っても、本来のネバリを失わないロッドの製法を編み出せることになり、レイズ・スペクトラやルナキアといった、〝高弾性だけどネバリも有るロッド〟をリリース出来る様になりました。
そして、ここまでのメリットを出せる様になるなら、シーバス向けのフラグシップモデルである『スワット』にも採用したら凄いロッドが出来るのではないか?と思って開発を始めたのが、今夏に発売する新型スワットでした。
C・N・Tについて、さらに詳しく知りたい場合は、テンリュウの技術解説ページをチェック!
C・N・T採用で、飛躍的に進化したシーバスロッド「スワット」の港湾特化型モデルを解説!
シーバスロッドと言っても、港湾や小中河川で使う場合と干潟や大河川の河口部で使うタックルでは、必要とされる要素が変わってくると思います。そして其々に、C・N・Tの効果が出てくる場面が少し違ってくるのです。
例えば新型スワットの2機種を例に挙げてみると、港湾向けのモデルでもピンスポットへのキャスト精度を高めたショートモデル(SW842S-LML)と、港湾でも遠投性能を求めたロングモデル(SW932S-LML)の違いで説明してみます。
この2機種は、【Tidal Walker】という同じサブネームを施してあります。これは同じベイエリアを中心としたモデルという意味もあるのですが、前述の通りピンスポットへのキャスト精度と、遠投性能といった其々に特化した違いで作り分けてみました。
ピンスポットへのキャスト能力を求めると、徹底してロッドのブレを少なくさせる必要があります。
ブレというのは、キャスト時にロッドを真っ直ぐ振っていると思っても若干はスイングの軌道は左右にズレており、その影響でブランクは左右どちらかにブレが発生します。
エキスパートになるとこのブレを計算に入れてキャストを行い、ブレの幅を小さくしてキャスト精度を上げているのですが、やはり道具の性能が高いほどキャストも向上するのです。
ブレを打ち消す為には、ブランク全体に張りを持たせて(いわゆる高弾性カーボンを使用して)アングラーがロッドを振った時にロッドが無駄な動きをしない様にします。
そして、ここまで読んで頂いた方なら分かる方も多いと思いますが、高弾性素材を使うことはブレを少なく出来る反面ネバリが落ちてしまいます。
だからC・N・Tを採用することによって、ピンスポットへのキャスト精度を高めたロッドでもネバリ強さも残るロッドに仕上げているのです。
これがSW842S-LMLであり、更にレギュラーテーパーに設定する事によって、キャスト時に軽量ルアーのウェイトもしっかりとブランクを曲げ込めるので、失速し難いライナー性の弾道でキャスト出来る様に狙っています。
もう一方、遠投性能を求めるとロッド自体のレングスは長くなります。ロッドをスイングした際に、長いロッドほどルアーに掛かる荷重を大きくなるので飛距離が伸びます。
しかし、必然的に長いロッドは〝しなり〟は大きくなり、短いロッドと同じアクション(調子)と(パワー)に設定しても、ダルいロッドに仕上がってしまうのです。これでは元も子もありません。
ダルさを消すには、短いロッドと同じく高弾性素材を活用するのですが、アクション(調子)も変えてみることにしました。
SW932S-LMLだと、レギュラファーストアクションに設定し、バット部を高弾性素材で締め上げてブランクの収束を早くなるに様に心掛けました。
高弾性素材でダルさを消し、C・N・Tでネバリを残しながら、短いロッドと同じ様なフィーリングと遠投性能を伸ばしたロッドに仕上げています。
それではSW932S-LMLの方が完璧じゃない? と思えてしまいますが、ピンポイントキャストは、やはりショートレングスのSW842S-LMLの方が上手なのです。
逆に短いロッドで長いロッドと同じ荷重を加えるためには、より早いスイングスピードが必要となりますが力一杯に投げるほどブレが大きくなりキャスト精度が落ちてしまいます。
同じ港湾向けのロッドであっても、何に向いているのか? を理解して頂くと、更に深いゲームが楽しめるようになると思います。
この2機種に関してもっと深堀りした内容は、天龍のスタッフブログにて書いています。興味がありましたら、こちらも参考にしてみて下さい。