魚を締めることに特化したナイフを作ったワケ【津本式公認アサシンナイフJr.】



包丁には、まさに魚の数だけ専用のものがあったりと、実は多様なのをご存じでしょうか。形の違いだけでなく、包丁の材質の違い。産地の違い。それで味が大きく変わるのです(そんなのわかる&変わるワケない! いいえわかります!)。それだけでも、日本の魚食の文化の奥深さを知ることができるのですが、それは後日のお話としましょう。今回は、魚を締めること、処理する事に主眼を置いて作られたナイフについてお話をしたいと思います。

【Profile】

津本光弘(つもと・みつひろ)

津本式・究極の血抜き。魚食の革命とも言える、新しい血抜きの方法を確立し、YouTubeなどを通して無料でその技術を伝える魚仕立て師。宮崎県の魚卸「長谷川水産」に勤務。魚をより美味しく価値あるものとするために日々研究を重ねている求道者でもある。

なぜ、専用のものが必要だったのか?そもそもそんなものがいるのか?

今回の主題となるアサシンナイフJr.は、津本式・究極の血抜きと呼ばれる近年、各方面から脚光を浴びている魚の仕立て方を意識し、なおかつ、魚を現場で締める事に主眼をおいて作られたナイフです。元々、このナイフの形状は、津本式開発者である津本光弘さんが、まさしくその仕立て専用のナイフとして作られたオリジナルを元に、廉価かつフィールドワークで同じような作業ができるようにと開発された経緯があります。

オリジナルのアサシンナイフ(津本式.com)。

紹介しました津本式と呼ばれる魚の締め方には、空手の型とも言うべき、仕立ての順序があったりします。この仕立ての手順は、日々、魚を効率よく仕事として仕立てていくために津本さんご自身が開発した手順で、その所作のひとつひとつに合理が詰め込まれています。

その合理的な手順をスムーズに行うために、さまざまなプロ向けの器具が開発、販売されています。が、逆説的に言うと、プロとして必要だから作っているだけで、プロでない方は必要でないものも多いです。

さまざまな津本式を行うための専門器具が売られているが、津本式そのものに絶対に必要な道具は2つ。包丁と水を供給するホースのみ。その他の道具はより効率的に高い精度で作業を行うためのプロ向け、ファン向けであったりする。

そういったアイテムの展開を見て「商売」と捉える向きもありますが、実際は典型的なプロダクトアウトアイテムで、津本さんご自身が仕事で必要なので作り、ついでに、1品ものではコストがかさみすぎるので、ある程度の量を作って、欲しいと思う方に譲っているという側面があります。

アサシンナイフJr.は、そのプロ向けに作ったナイフが思いのほか需要があるものの、少量生産でユーザーに行き渡らないという状況を加味して、ならばもっと安い価格で近い機能の廉価版を作りましょうということで生まれてきたナイフです。

アサシンナイフJr.フィールドで使うことを前提に設計された魚締め具。グリップの形状。ホールの位置や意味、刃先の角度、刃の角度….。津本式を意識した魚締め具として、緻密に設計され特化しているのがこのナイフです。

ナイフということで、単純な形状ではありますが、先ほど申し上げた空手の型のように合理な手順で構成される津本式の枠組みをスムーズに行うことに特化しております。

特に、津本さんは釣り人や現場の漁師などが、フィールドで魚を手にした段階で行う処理いかんで、魚の美味しさ、価値を高めることができると常々おっしゃっています。それは、正しい手順で魚を締めて、保存、輸送することです。

魚は最初の処理で美味しさが大きく変わる食材

ここではその方法は割愛しますが、特に津本さんが注目されているのは、魚を即殺処理することです。

津本「魚はエネルギーが残っている状態を保ったまま締めることが重要。それができれば、その後の処理でさらに魚を美味しくできる」

これはオカルトでもなんでもなく、化学的、生態学的に解明されている話です。魚の生命活動のためのエネルギーをリッチに残す事で、魚の美味しさが格段に変化することがわかっています。

津本「いくらブランドの天然魚でも、こういった処理がされていない魚は、残念な状態のことが多いんです。漁師という仕事の場合は、その手間もあり取り組めないことは多いかとは思いますが、釣り人であるならば、より美味しい魚を、正しく締めることができれば手に入れることができるんですよね」

しかし、ここ近年、津本さんの提唱する最初の処理についても注目され、漁師の間でも魚を正しく締めるということがいかに大事かということが再確認され、それを実践して水揚げする人も増えているといいます。



正しい魚の締め方とは

ざっくり説明すると、次のようになります。

  1. 脳を潰し、生命活動を停止(脳締め)。
  2. そこからから可能であれば神経を破壊してさらに細かな生命活動もストップさせる(神経締め)。
  3. そして、エラの正しい位置にナイフなどの刃を入れて流血させ、血抜きをする。
  4. 氷水で体温を奪う。
  5. 水から取り上げて保冷する。

世間には、正しい締め方と称してさまざまな間違った情報も出回っていますが、この手法は、大学の研究機関も認める方法で、魚を美味しく持ち帰るための最適解のひとつです。

前置きが長くなってしまいましたが、本題のナイフは、この処理を効率的に行うことに緻密に設計されています。特に津本式では大元である脳の活動をなるべく早い段階で止めることを推奨しています。魚の構造上、形は違えど、脳の位置はほぼ法則的に特定でき、そこに素早くナイフなどを突き立てて即殺する……。

エラ蓋と、その内側の頬のエラの線の交点部分が魚の脳の位置になることが多い。そこに刃を突き立てて、ひねることで即殺する。

こういった細かな所作をより、簡単に能動的に行えるように細かなディティールを整えているのがオリジナルのアサシンナイフであり、今回紹介させていただいているアサシンナイフJr.なのです。

アサシンナイフJr.は締めと血抜きに最適化されたナイフ

津本式は、魚の死後であっても血抜きができることで着目されている技術ではありますが、可能な限り、可能な量、早い段階で血抜きをすることで、より魚のポテンシャルを高めることができることもあり、現場での血抜きを推奨しています。

そに血抜きのためのエラ切りという作業がありますが、そういった小さな所作も流れるように作業できるような設計になっています。

グリップの形状や、刃の角度は特に拘って設計されているアサシンナイフJr

では、そういった作業が他のナイフではできないのか? と問われる方も多いかと思いますが、正直なところ可能です。100円ショップで売られているようなナイフや、ハサミでさえ作業は可能です。それほどまでに単純なルーティンではあるのですが、それでも、先に説明した作業のために緻密に形状を計算して設計しているのが、アサシンナイフJr.だったりします。

現場での魚を締めるための作業だけではなく、その後の津本式の処理をまな板で行うことを前提とした設計にもなっており、ただのナイフやハサミとは使い勝手が違うことを申し添えておきます。

津本式の特徴的作業、魚の尾落としも、薄皮1枚、見栄えを意識して尾が残るよう刃の角度が設計されている。

ただ切る、締めるだけでない価値も見出して欲しい

オリジナルのアサシンナイフは、無骨なまでの機能美を売りにしてます。そして、今回紹介しているアサシンナイフJr.はその機能美を踏襲しつつ、現場で使うこと、そして使うオーナーの所有欲を満たしていただけるようなデザイン性にかなり拘っている1本です。

ナイフだったらなんでもいいじゃん! それも、真実ではありますが、冒頭の包丁の話ともリンクするように、それぞれに特化させ、デザインされた道具を使うことも、ひとつの価値であり楽しみであり機能だと思った次第です。釣具にはまさにそういう側面が多々あります。

それなりの機能があればどんな釣竿でも釣りは可能ですが、それぞれの魚種に合わせた道具があるのと同じように、そうだから楽しめるように、ナイフという単純な道具も楽しめるのではないでしょうか。