ニュースなどで頻繁に目にするようになったクマと人との遭遇。人間の生活圏内での出没情報も聞かれるようになった今、自然と親しむ釣り人は、どのような対策ができるのか? 北海道在住で、渓流などの釣りを楽しむアングラーの実例を紹介しよう。
※以下に紹介する対策は個人が実践するものであり効果を保証するものではありません。また、記事を参考にする場合は、各個人の責任のもと実践して下さい
●写真/文:小川 貴恵(エクストリーム)
秋の釣りシーズンを安全に楽しむために。ヒグマ対策の実例を紹介
北海道民ならではの感覚だと思いますが、スーパーの鮮魚コーナーに秋刀魚が並び始めると秋の訪れを感じます。最近は秋刀魚の価格が高く、数年前のように「安いから秋刀魚にしよう!」と食事のメニューを簡単に決められずにいる北海道の小川貴恵です。
毎年ニュースなどで目にするクマとの不幸な遭遇による被害。特に釣りやキャンプなどのアウトドアアクティビティを楽しむ人は、遭遇率も高くなる。そこで、北海道で生まれ育ち、ヒグマの怖さをよく知る釣り人から、実[…]
前回、ホイッスルとクマ鈴のお話をさせて頂きましたが、今回は恐らく装備率が低く購入を迷いがちなクマよけのスプレー(以下、クマスプレー)についてお話させて頂こうと思います。秋のシーズンを楽しむために装備品として購入を考えている方の参考になれば嬉しいです。
「クマスプレーは生存への分かれ道」
ちょっと大袈裟に聞こえるかも知れませんが私がクマスプレーについて聞かれたら上記のように答えるでしょう。ヒグマを見つけたり遭遇した場合は、速やかに対処しないと命に関わる事があり、その緊迫した状況においてクマスプレーはヒグマとの距離を保ちつつ攻撃を回避出来る可能性が高いのです。
ハンターだった叔父が想定外の遭遇に備え装備していたのを見ていたので、私は25年以上、渓流釣行で装備しています。装備しないで渓流に入ることは絶対にありません。
クマスプレーってどんなもの?
説明書通りであれば『圧縮した唐辛子エキスの強力な威力でクマを撃退することが出来ます!』となりますが、クマスプレーを持っていても、ヒグマに向けて噴射した経験がある方は少ないでしょう。ましてやその威力を肌で感じた人はあまりいないのではないでしょうか?
何度か誤射して僅かに被った事がある私の経験から説明すれば「痛い、熱い、苦しい。凄まじい威力だよ」と伝えるでしょう。特に目や吸い込んだ喉の粘膜部分、液体が直接付着した皮膚は、もがき苦しむほどの痛みでごく少量の誤射でも1〜2日苦しみました。
催涙ガスの強い部類。そんな刺激の強い液体をヒグマの毛で覆われていない鼻、目、口などのいわゆる粘膜部分を目掛けて噴射し、苦痛を味あわせる事によりヒグマからの攻撃を回避するものがクマスプレーなのです。
YouTubeに海外の動画などで実際にクマスプレーを噴射し撃退に成功しているものがあり効果を確認することが出来ます。
クマスプレーの使用上の注意
ここからはクマスプレーを使用する際の注意点を私の経験を含めていくつかお話していきたいと思います。
①クマスプレーの装備位置と安全装置の取り外しについて
クマスプレーを購入したら、まずは安全装置(セキュリティストッパー)を固定している結束バントを必ず事前に切っておきます。切っておかないといざというときに使用出来ません。
装備位置について、クマスプレーはバッグの中に入れず、すぐに取り出せる位置に装備をしておき、なおかつ速やかに安全装置を外し、構える訓練をしておきます。
私なりにどこに装備するのがいいか色々と試した結果、胸元か腰に装備するのがベストだという結論にたどりつきました。今はその他の装備品の位置なども考えて、腰回りに装備して釣行をしています。
私はヒグマと遭遇したとき、恐怖心から手が震えてクマスプレーの安全装置をうまく取り外せないことがありました。日頃から訓練していても、緊急時には気が動転して思い通りの動作が出来ない場合もあります。あらかじめ、念入りに動作確認やイメージトレーニングをすることの重要性を痛感しました。
②噴射時に気を付けること
片手だと噴射するときに噴射圧で的がずれるので両手で噴射するのが基本的な構えだと考えています。そして、風によって噴射距離が変わるのはもちろん、風上にヒグマがいる状況でやむを得ず噴射する場合、自分もスプレーを浴びてしまう可能性があります。そうなると自分へのダメージも避けられないので注意が必要です。
状況を考慮する余裕がなく使用する場合は偏光グラスやフェイスマスクで素肌を露出していない状態なら、スプレーを浴びてしまっても被害を最小限に抑えられるということも学びました。
③噴射する時のヒグマとの距離
クマスプレー到達距離は、製品によって仕様が異なるので事前に確認するようにしています。私の使用している「熊よけスプレーCA230 カウンターアソールト」の製品の公式ページを参照にすると「勢いよく約9.6m、7秒間噴射」と書かれています。
この数字は無風状態の室内でテストした結果であり、フィールドで使用する場合は気温や湿度、風向きにより変化するのであくまでもこの数字は目安です。そんなに至近距離で、たった7秒なの? と驚く方が多いと思います。私の経験したお話ですが、最も命の危険を感じながらクマスプレーを構えた距離感は「ブラフチャージ」を受けた時です。
「ブラフチャージ」とは「威嚇突進行動」というもので、ヒグマが何度もダッシュで接近し至近距離で立ち止まり威嚇を繰り返す行動で、人間側が死を意識するような恐怖を感じるヒグマの行動です。
そんな緊迫した状況で、ヒグマの顔面、鼻目掛けて噴射出来るであろう距離まで耐えながら「何もしないよ、大丈夫、お願い」とヒグマに声を掛けながらスプレーを構え続けました。このときは、幸いにも噴射することなくヒグマの方から去って行き助かりました。クマスプレーを構えることによって、慌てず冷静に対応出来た事が命を守ることに繋がったと思っています。
クマスプレーの誤射について
私が誤射した時のことを少しお話ししたいと思います。私はいつも通りにクマスプレーを腰に装備して、いつもよりハードな藪漕ぎと川歩きをしていたら、何故か安全装置が外れてしまったらしく、車に戻って着替えている最中に「ブシュッ」とほんの僅かだけ誤射してしまいました。
何やら手に不穏な赤いようなオレンジのような液体が付着したため、急いで拭き取りましたが時既に遅し。液体に触れてしまった手が焼けるような熱さを感じるような、火傷をしたような痛み。そして不意に吸い込んでしまっていたのでムセるし、咳が止まらなくなる。挙げ句の果てに無意識に溢れる涙を手で拭ってしまい目までも焼けるような熱さと痛みが襲いもがく私。
そして側にいた主人までも巻き込んでしまい2人で苦しみ、その様子はさながら地獄絵図でした。
その時の痛みや症状は1~2日は続きました。こんな思いはもう2度としたくない! と気をつけていましたがその数年後、主人が誤射して私も巻き添えになり、再び地獄を経験してしまいました(笑)。その他、処分時なども多少浴びたり、その度に苦しんでいます。
何よりヒグマに遭遇しないようにする事が大切
クマスプレーを購入し装備したとしても、使用する際にはいろんなコツがあるので、理解した上で使用しないと、いざというときに威力を発揮してくれません。攻撃を受けた際の最終防衛手段はナイフやクマナタ、そして防御姿勢になります。
クマスプレーは命を懸けた最終防衛手段に入る前に、ある程度の距離を保ちながら攻撃を回避出来る可能性のあるものです。この距離を保ち冷静に対応が出来るか出来ないかが、生存への大きな分かれ道になると思っています。
ゲーム的な例えですが「ヒグマが現れた。どうする?」という状況において「攻撃する」を選択し「会心の一撃」をヒットさせて勝利するということは難しく、こちらが「痛恨の一撃」を受け致命傷を負った場合、この世には回復薬やふっかつのじゅもんがないので、そこで人生という物語が終わってしまいます。
クマスプレーを装備したから絶対大丈夫というわけではありません。生存出来る可能性が僅か1%でも上がる可能性があるので装備しています。
私はヒグマとの遭遇のトラウマで、二度と近づかなくなった河川もありますし、今でもヒグマが怖いし慣れることはありません。何よりヒグマに遭遇しないこと、クマスプレーを使う機会がないことが一番です。
北海道ではヒグマはどこでもいる、常に危険と隣り合わせであるという事を忘れずに行動する気持ちが大切だと思っています。全てを理解した上で渓流釣りや登山に行くならばクマスプレーを携帯することを私はお勧めします。
今後も、もしもの事が起きないように少しでもお伝えしていけたらな良いなと思っています。
それではまた次の記事でお会いしましょう。
アングラープロフィール
小川 貴恵(おがわ・たかえ)
北海道出身、北海道在住の、TULALAフィールドスタッフ。釣り好きの父からの影響で、子供の頃からイワナ、ヤマメ、鮭釣りなどを始める。そのうち、自然と渓流魚の美しさに惹かれ、渓流トラウトをメインに狙うようになる。道内のトラウトフィッシングには精通しており、ルアーフィッシングを始め、フライフィッシングも行う多彩なアングラー。
※本記事は”ルアーマガジンリバー”から寄稿されたものであり、著作上の権利および文責は寄稿元に属します。なお、掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。 ※特別な記載がないかぎり、価格情報は消費税込です。