スレ切ったマス達を相手とする達人の一人、井上太一氏のスタイルは、繊細さが求められるエリア(管理釣り場)トラウトの世界においても際立っている。表層の釣りに特化したマイクロスプーンでのトラウトの駆け引きが生み出す、エキスパートの釣りスタイルを紹介する。
15センチ×1センチの濃密すぎるエリアトラウトの世界!
リトリーブ距離にして約15センチ。レンジにして水面から約1センチ。
つまり、15センチ×1センチ…という限られた範囲の世界で、スレ切ったトラウトとの死闘を得意としているエリアエキスパートがいる。
彼の名前は井上太一。
井上さんが表層のサイトゲームで主に使用するルアーは0.5グラム前後のマイクロスプーン。そのマイクロスプーンに1ポンドのフロロラインをセットして、表層を引く。
その場合、すべての単位が極限までミニマムになる。つまり、それだけ繊細な世界になると15センチ×1センチの限られた領域でも巨大な舞台と化してしまう。
「その状態のトラウトはそのくらいの範囲で勝負を決めないと、それ以上追ってくれることはほぼありません」。と井上さんは言う。
その場合、トラウトの反応も当然ミニマムになる。
「トラウトの目が一瞬スプーンを見るときがあります…。正確に言うと、見たような気がすることがあります…(笑)。それほど微弱な反応なのですが、ひとつ間違いがないのは、それでも確実に反応しているという現実です。その証拠に反応したトラウトは、こちからがミスしなければ、ほぼ釣れます」。
このレベルのスレたトラウトの反応になると、目線の反応以外も極限まで微弱だという。
井上さん「ヒレが一瞬ピクリと動くとか、もしくは具体的な動きはなくても、トラウトの全身から、なんとなくルアーに興味を持っている気配を感じるときがあります」。
では…こうした「気配」の察知は、果たしてどこまで正確なのだろうか? 人間同士でも「視線」を感じる、などの「気配」の察知があるが、その場合の正確さは個人差がつきものだと思われる。
トラウトに対する「気配」の察知の正確さは、井上さん本人にも「わからない」という。だが水面直下…という限定された濃密な世界で、トラウトの反応や気配と真剣に向き合っていると、トラウトという魚の敏感さと繊細さに敬意を払わざるを得ないという。
実際、井上さんのミリ単位を刻むマイクロスプーンのゲームは、すべてトラウトの繊細さに追従していった結果、トラウトによって到達させられた、ひとつの答えに他ならない。
数ミリの違いがもたらす大きな変化!
例えば水面及び水面直下の釣り。
マイクロスプーンの水面直下の釣りにおいて、スプーンのフロント部分が僅かに水面を破っているだけで、ニジマスの反応は天地ほど変わるという。
「少しでも水面を破っている場合の引き波と、どんなに薄くても水の膜をまとっている場合の引き波では、ニジマスからするとまるで波動がまるで違うのでしょうね…。地上から人間の視覚で確認する分にはほぼ同じ見える引き波も、側線という感覚器官を保持して水中で生活しているニジマスからすると、まったくの別物なんでしょうね…」。
バジングには至らないまでも、水面をわずかでも破るデッドスローリトリーブ。一方、水膜を皮一枚でもまとっている水面直下のデッドスローリトリーブ。この2者のリトリーブのレンジ差は、そのまま水面という膜の厚さと同意になる。おそらくは数ミリの世界だと思われる。
この人間離れした精密さは、あくまでのニジマスの感覚器官が要求してくる精度なのだ。だからこそ、井上さんは15センチという短い距離のリトリーブ範囲内で勝負を付けようとしているのかもしれない。
それ以上の距離では、人間側のメンタルとフィジカルが持たない。
井上さん「実際、1尾のニジマスにロックオンしてサイトで狙っているときに、自分では水面直下でビタッとレンジをキープして、一切ブレさせないでデッドスローで巻いているつもりでも、それまでいい気配を放っていたニジマスから、突然その気配が消えることがあります。
そんなときには、自分の巻いているレンジが人間の視覚では確認困難なレベルでブレていることが多いです。その僅かなブレにニジマスが警戒心を示した結果だと思います。そのブレはおそらくレンジにして1ミリ単位のズレです」。
釣りを通してニジマスとコミュニケーションを築く
井上さん「マイクロスプーンの表層ゲームをしていると、ニジマスという魚の超絶なまでの精度の高さと感度の良さに驚かされることが多いです。その精度は当然人間のモノサシでは測定不可能な領域です。ですけど、釣りに没頭して、その領域に少しでも入り込めたときには、ニジマスとコミュニケーションが取れている実感があります。
その瞬間が堪らなく好きなんです(笑)。だからエリアゲームは楽しいです。マイクロスプーンという自分なりのコミュニケーションツールを使って、ニジマスという偉大な魚と、少しだけでも意思疎通ができていることが何事にも代えがたい魅力です(笑)」。
そんな井上太一さんの超絶繊細な水面直下のサイトゲームの世界はとてつもなく奥深い。さらなる井上太一ワールドは、一冊まるごとエリアトラウトを大特集した『ルアーマガジン マス王』の中の「バジング領域の皮一枚下に、トラウトの理性を奪う”魔のレンジ”が存在していた!」にてみっちりとご紹介!