熟成肉が流行り、その美味しさにハマり、今では、「熟成」という言葉が流行り始めてる昨今。肉もそうですが、「魚」もその分野に足を踏み入れました。そこで、ちまたに溢れている情報を整理して正しい「熟成魚」の知識を得て、みなさまもその世界に足を踏み入れてみませんか? そう、釣った魚をより美味しく食べるためにも! 少々マニアックですがご容赦ください!
魚の熟成とはなにか?
まず、ここを定義しなければなりません。先に、正しい熟成魚の定義を。少々謎の言葉が飛び交いますがご容赦くださいませ。
魚の熟成とは、魚の旨味の元と言われている「アデノシン三リン酸」が時間を経て「イノシン酸」に変化し、その旨味により食味を向上させた状態。また、魚の持つタンパク質が変化することで「グルタミン酸」や「アスパラギン酸」などの遊離アミノ酸類が優位に味覚に影響を及ぼす状態。もしくは、イノシン酸や遊離アミノ酸類が相互に作用し、食味が増した状態。
Q.アデノシン三リン酸(ATP)って何?
A.魚の生命力、活動エネルギーの元です。生きている魚はATPを消費して生命活動を維持しています。食物を摂取してそれをアデノシン三リン酸(ATP)という化合物として蓄え、それを分解するときに生じるエネルギーで生体活動を支えていると言われています。このATPは魚が生きている間は、ぐるぐると循環して生命活動を支えていますが、生命活動を停止したと同時に循環を停止し、イノシン酸に変化します。
Q.イノシン酸って何?
A.魚が持つ旨味成分の代表格です。3大旨味成分のひとつに数えられます。先に説明したアデノシン三リン酸が変化する過程のひとつで、魚の死後〜半日から1日程度でATPがイノシン酸に変化し、その後、時間を経てイノシン、ヒポキサンチンという物質に変化していきます。ヒポキサンチンは苦味成分として知られています。
Q.遊離アミノ酸類って何?
A.グルタミン酸やアスパラギン酸などの旨味成分を指します。タンパク質が酵素などにより分解されることで変化します。魚もその大部分がタンパク質で構成されていますので、鮮魚状態でも同旨味成分は持っておりますが、その影響が優位になるのは、魚の死後10日以降という研究結果が東京海洋大学の高橋希元助教が率いるチームにより明らかになりました。ちなみに、ここの部分の認識が、少々、過去に語られてきた「熟成魚の美味しくなる仕組み」と異なっている部分になります。
従来の魚の熟成の美味しくなる仕組みとは?
「魚は寝かせること(熟成)させることでイノシン酸が増加し、そのために食味が向上する(テクスチャー=食感の変化も含む)」というのが一般的な熟成魚の見解でした。
これも間違いでは決して無いのですが、早ければ半日前後からそのイノシン酸量の減少が始まり、遅くとも一週間を超えると、その旨味成分のイノシン酸でさえ減少してしまうことから、「寝かせれば寝かせるほどイノシン酸量が増える」というのが間違いであることが判明しました。これは先程申し上げた東京海洋大学の研究チームによりエビデンスがとられています。
ここまでの情報で行間を読んでいけば、理論理屈にたどり着いてしまう方もいらっしゃるかとは思いますが、もう少し「熟成魚」を理解するために言語化していくことにしましょう。
熟成魚には大きくわけて4つの段階がある
上記の情報を整理すると、単純に熟成魚と言ってもいくつかの段階があることがわかります。(1)イノシン酸の旨味が優位に働いた熟成状態。(2)イノシン酸の旨味が働きつつも食感の変化により食材の状態が変化している熟成状態。(3)イノシン酸と遊離アミノ酸類の複合により旨味が複雑化している状態(4)遊離アミノ酸が味覚に優位に働いている状態。この4つです。
熟成魚を簡単に実現する仕立て方として、鮮魚保存技術に長けた「究極の血抜き・津本式」に関する技術を小社で書籍化した際に、これらの熟成状態を3つに区分しました。
短期熟成
上記の(1)と(2)に該当します。今までの概念で言われる魚本来の美味しさ「イノシン酸」が優位に増加するタイミングまで魚を熟成させた状態です。熟成といっても、適切な処理をして半日〜せいぜい5日前後まで魚を保存するだけでその状態に達することができます。
イノシン酸量だけで言うと半日から1日前後がどんなさかなでも旨味のピークと言われています。ですが、(2)の食感の変化により、この旨味の感じ方が大きく異なってくることがわかっています。コリコリの食感が好きな方は、「釣りたてがいい」というのは、あながち間違いではありませんが、釣りたてと言っても1日前後は寝かした方が美味しく感じるかもしれません。
でも時間が経つことで、魚そのものの身質が柔らかくなり、それによりイノシン酸をより感じやすくなることもわかっています。ですので、旨味量のピークは落ちるかもしれませんが、結果的にある程度寝かした方が「味」が整うのはその、身質変化による効果といえるでしょう。
中期熟成
6〜14日前後の熟成状態として定義しました。上記の(2)と(3)の状態に該当します。身質の変化による味覚の向上をより体感しやすい熟成状態が(2)6〜9日前後といえるかもしれません。
しかし、近年の研究により10日前後の熟成を経ると遊離アミノ酸類が味覚に影響を及ぼすようになることがわかってきました。そして、イノシン酸と呼ばれる旨味成分も、減少していくとはいえ、なんとかギリギリ、味覚に影響するぐらいの量は保たれている期間とも言えます。
この状態まで、魚の鮮度状態を維持できれば、イノシン酸と遊離アミノ酸の複合状態で旨味の増した「魚」になり、異次元の「料理」の域に達することになります。ただ、この日数に達するための鮮度維持は一部の料理人の秘伝の技術と言われてきました。
しかし、本ウェブサイトでも再三解説している「津本式・究極の血抜き」という津本光弘さんの開発・確立した仕立て技術により、鮮魚保存力が格段に向上し、その熟成状態の実現が比較的簡単になったんですね。なので、津本式は「革命」だと言われているのです。
長期熟成
2週間を超えるような熟成状態は(4)の状態に突入したと言っても過言ではないでしょう。イノシン酸の影響が減少し、遊離アミノ酸類の旨味が魚を支配します。今までの魚の味でない新しい味覚の魚が出現しています。以前、カンパチの8ヶ月熟成という一品を頂いたことがありましたが、まるで牛や豚のハムのような味わいでした。
まさに、牛や豚の旨味は遊離アミノ酸類が優位に働いていると言われおり、まさにそのカンパチは牛や豚の肉のような、そんな風味すらあったことから、この熟成状態の域に達していたといえます。しかし、この状態の維持には、それこそ様々な職人の技術が必要になってくることから、魚では従来、追い求めることのできなかった熟成状態だったかもしれません。
熟成状態のコントロールこそ技術のひとつ
ということで、魚の熟成の大まかな仕組みを解説してきました。闇雲に魚を寝かしたところで、それが美味しさに繋がるわけではなく、いま、その魚がどの状態なのかを把握することで、より美味しい魚にたどり着けることがロジカルではありますが解かったかと思います。
熟成という技法を使わずとも、料理人の方ならば昆布締めで、魚の旨さを引き上げたり調整したり、調味料や薬味を使うことでそういったコントロールをして料理として昇華させてきたのだなと、こういった事実を知ることで逆に理解することができました。
昆布はグルタミン酸の旨味を有する食材ですし、ああ、昆布締めはそれを添加することで、魚の持つイノシン酸との旨味相乗を狙っていたのだなとか、匂いを消すためにカボスを使うのは、魚の持つトリメチルアミンなどのニオイ物質をキレート効果で和らげたりしてたのだな。。。とか。
これらの熟成状態を成立させる、仕立て方の出現
津本式・究極の血抜きは、腐敗や匂いの主原因になる魚の「血」を灌流(水)によって抜き去り、なおかつエラや内蔵を処理したのちに、腐敗をなるべく促進させない保存をするまでの仕立てのスキーム(枠組み)です。これにより、今まではあり得なかった鮮魚保存が可能になりました。
今までは、血抜きは、釣り人や漁師が魚を釣り上げたり獲ったりしたタイミングですぐ、能動的に行うことで可能なものとされてきました。ですが、津本式であれば水揚げされて死んだ魚でさえ、適切に血抜き処理が行えるということで注目を集めています(ただし、津本式を施すにせよ、なるべく早いタイミングで処理するに越したことはない!)。
すでに、津本式の効果については、大学の研究機関により検証されており、その保存技術としての優位性は証明されています。灌流することや、血を抜くことに関するデメリット部分についてもすでに検証されており、指摘されてきたマイナス面に関しては、たいした影響がないことがわかってきました。
ということもあり、熟成魚というひとつのジャンルが飛躍する土台は、津本式の出現により整ったということができます。単純な保存に関しては、冷凍技術などの発達により、食味をなるべく落とさずに鮮度を保つことができるようになってきました。ですが「熟成」には温度や、酵素の働きが必要ですので、冷凍状態ではなかなかその状態に持っていくことができません。
そういった意味でも、津本式仕立ての魚は熟成魚と相性が良いと言えます。ただし、津本式開発者の津本さんも公言しておられますが、津本式=熟成魚ではありません。
より安全に、より美味しく。熟成魚というカテゴリーは津本式の出現によって幅が広がりました。つまり、従来の魚という素材と、津本式処理された魚という素材。どちらが良い悪いではなく、食材としての幅が広がったと言えます。これからは、手軽に熟成魚を楽しむ機会が増えるかもしれませんね!