さて、前回、内水面漁業従事者の悩みのタネになっている、カワウという鳥について少し解説させていただきました。カワウが内水面の魚類資源に与える影響は外来魚のブラックバスによる食害が霞むほど甚大なのです。
前回記事→《外来魚より怖い魚プレデター「カワウ」の話から考える「駆除」と「保護」》
※記事の最後に駆除されたカワウのショッキングな画像があります。
●文:ルアマガプラス編集部
[前回の記事]
昨今、外来種に焦点をあてた番組が人気なこともあって、「在来種」だとか「外来種」だとかそういった野生生物のセグメントがあることを知った方も多いかと思います。そこで地元で漁業組合に所属する小生が、日々の河[…]
絶滅の危機から一転、増えすぎてしまったカワウがもたらした問題
カワウは一時絶滅の危機にさらされましたが、今は数が大いに増え、日本各地(本州の関東、東海、近畿以西)に姿を表わすようになりました。当然、生き物ですから食事をしなければいけません。彼らの食事は魚類です。しかし、湖、沼、河川の魚類資源は有限です。
彼らが飛来しては、どんどんと魚が減っていく事態になっているわけです。鳥ですからね、魚を食い尽くせば次の水系へ、次の沼へ湖へと移動することも訳ありません。なおかつ、ジャンプすればまたげるぐらいの規模の小川にさえ飛来することができる、小回りのよさもあります。
その対抗策として「駆除」という手っ取り早い方法が採用されているわけですが、その効果は限定的で、問題の根本的な解決になっていないことにも触れさせていただきました。このままでは、在来魚はおろか、外来魚まで食い尽くされてしまいかねない事態になりつつありますが、そもそも、どうしてこんな事態になったのか。Let’s thinkingしてみましょうか。
なぜカワウは増えたのか
彼らが増えた理由は、正確にはわかっていません。1970年代初頭、カワウの数は激減し、一部のコロニーでほそぼそと暮らすほどにその数は減少しました。まさに日本の高度経済成長期で環境が劣悪になった頃に符号します。
川はまっすぐになりました。通水性をよくすることで破堤を防ぎ、水を溢れさせず、そして土地区画は利用しやすくなりました。人が生活する権利を拡大するためです。日本の自然は人間の暮らしやすい形に加速度的に変貌していきました。三面護岸という、生物にとっては非生産的な渓相がどんどんと出現しはじめました。
しかし、カワウは1980年代初頭より、徐々に個体数が増加しているというデータがあります。様々な公害、高度成長期の自然破壊に対し、ちょっと日本やりすぎたなと環境に気を使い始めた時期ですね。そこから上下水道の整備、大気汚染などに対する行政の指導などなど、汚かった川がきれいに、海がきれいに……と良い方向に変化していきます。
内水面資源の養殖も1983年頃をピークに安定しはじめます。
そして1990年代の釣りブームへなだれ込みました。サケ・マス類の養殖技術、アユの養殖技術などが確立され、日本各地の河川に気軽に放流されるようになりました。
データと照らし合わせるとこのあたりから比例するようにカワウも増加傾向にあるようですね。
カワウにとって、とても良かったのは、放流された魚たちが増え、身を隠すような岸辺のボサもでき、岩や石でゴツゴツとした川底もずいぶんと減ってしまったことから、食事がしやすい環境が整ってきたんですね。放流形態も大型の障害物に隠れることを知らない成魚が好んで放流されるようになり、それを狙って「待ってました」とばかりにカワウの大群が現れることもしばしば……。
環境が貧弱になったからこそ起こり始めたカワウによる食害
そこで、小生の所属する漁業組合では、一部地域の川岸の伐採を中止してみました。なんてことはありません、障害物を増やすという手法を試してみたんですね。川岸のボサは川に影をつくり、一部は障害物となって河川に干渉します。すると、魚が目に見えてその区域に増えたのです。
地元漁協では水際のボサは残し、必要最低限の環境保持をしてみることになりました。もしくは、一部流程の伐採をやめました。
すると、夏場になると水際のボサは繁茂し、魚が隠れやすく、なおかつ水鳥の侵入や、釣り人が狙いにくくなったことから、魚が増えるという現象が起こりました。
木々や笹を束ねた魚礁を、三面護岸の川の深みに設置しました。ここでも魚が増え始めました。ブラックバスも増えましたが、在来の魚たちもおおいに増えました。水中のオダにはカワウも無理くり侵入できませんし、ブラックバスなどのフィッシュイーターから身を護るのにも一定の効果があります。
ただし、釣り人から苦情を受けました。「釣りづらい」と。ついでに、行政からは景観が悪いとも指導を受けました(笑)。
私は個人的に淡水魚を捕獲するのが好きで、埼玉のまさに三面護岸の水路によくでかけます。そこは一見、生物を寄せ付けないようなコンクリートで固められた水路です。ですが、ブラックバスもいれば、ナマズもいますし、お目当てのタナゴやヌマムツ、ツチフキやドジョウ、そして、フナにコイが数多く生存し、共存しています。
はて、なんでこんな水路にこれだけ豊富な魚がいるのかと一考してみたところ、外来種となる水生植物「アナカリス」が水路の泥に数多く繁茂していたんですね。アナカリスが魚たちの隠れ家になっていました。
捕食者たるものに追われたときに、身を隠す障害物がどれほど重要か、その認識を深める風景でした。
つまり、ものすごく原始的かつ単純な手法ですが、魚が身を隠す障害物を設置するという方法は、魚の保護に一定以上の効果があることが良くわかりました。障害物が増えると、カワウが水面に着水しにくくなります。石や、オダ、枝が増えると縦横無尽にカワウが追い辛くなります。鳥だけでなく、ブラックバスなどの魚もしかりです。過去記事もぜひご一読ください。
群馬県の両毛漁業協同組合が母体の市民団体、W.F.F.A.(渡良瀬川水系魚ふれあい振興会、会長:中島淳志両毛漁協代表理事組合長)が主催するW.F.F.A第10回フィッシングカルチャースクールFurea[…]
このような取り組みで生物の生活環境全体を増やすことで、バランスを失った生態系という天秤が揺り戻され、特定の種が必要以上に増えたり、逆に減らしたりというような環境から健全な方向に戻っていくことを感じています。
※単純に障害物は増やせばよいというわけではなく、河川の状況によっては流下物の漂着や滞水の原因になるなど治水上の問題が生じることもあります。
ならば障害物を増やそう、川を元に戻そうという単純な問題でもない
要は、河川環境をより自然に近づけることで、状況は改善するわけですが、それが比較的簡単にできる規模の川もあればそうでない川もあります。この単純なロジックに気づき、護岸された河川を、障害物が豊富な河川へ戻すような工事を始めた水系もあります。
治水と自然環境の維持を両立させようと、多自然型工法というスタイルも普及し始めています。
蛇籠護岸というあまり景観のよろしくない工法もありますが、こんなものでも三面護岸よりは遥かに生物には優しかったりします。もちろん、単純に予算の関係で、こういった工法が採用されている場合もあるでしょうが、コンクリで隠れ家のない水路にするよりかは幾分ましでしょう。
河川周りの自然環境を増やすことが有益となるようなコンセンサスが得られる国内の一部地域や海外では、築堤をやめて土地をセットバックし、氾濫原を復元するという取り組みも行われています。では日本全体でこのようなことができるかといえば、人口が過密化した都市では難しいでしょう。生活空間と治水のあり方をどのようにするのかという都市デザインの話でもあります。
何をもって駆除したいのかを考えてみる
さて、話を外来種をどのように考えたらいいのかという視点に戻します。良くも悪くも、定着から長い時間を経て既存の生態系の中に組み込まれてしまった多くの外来種たち。駆除という手法より、環境を改善して行くほうが容易いのではないかと提言させていただきました。そこに意識を向ける道もあるのではないでしょうか。
「日本古来の地域特有の生態系を回復したい」という思いであれば、ではどこまで遡った生態系であればいいのか。結局のところそれを決めるのは生活する人間の都合ということになるでしょう。
単純にカワウが嫌いだから駆除する。ブラックバスが嫌いだから駆除する。というだけの論法は否定しませんし、よっぽどわかりやすいです。
ただ、生態系の破壊にも繋がりかねない方法で駆除を行い「我々は環境の守護者だ」と息巻くのはあまりにも滑稽な気がします。後付のように「本来の生態系を取り戻すため」という御旗を掲げるのはどうにもしっくりきません。
最後になりますが、望まれない種を持ち込むことにより生態系を破壊してしまうという事象は、あらゆる物流網が発達した現代では避けられない問題になっています。ですので、「今、そこにある生態系」を崩さぬよう、個々のリテラシーを高めていくことが非常に重要です。魚に限らず、人間の都合で、自然環境に新たな問題を持ち込まぬよう、心がけたいですね。
[前回の記事]
昨今、外来種に焦点をあてた番組が人気なこともあって、「在来種」だとか「外来種」だとかそういった野生生物のセグメントがあることを知った方も多いかと思います。そこで地元で漁業組合に所属する小生が、日々の河[…]
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