世界を旅するアングラー(釣り人)であり、ツララ(エクストリーム)のフィールドスタッフもつとめる前野慎太郎さんが、各地での釣行で遭遇したエピソードをレポート。今回は、ブラジルでの釣行時に遭遇してしまったバスジャックの詳細を報告。緊迫感のある内容を伝えてくれた。
●写真/文:前野慎太郎(エクストリーム)
死を覚悟した「バスジャック事件」をレポート
ルアマガ+をご覧になっている皆さま、こんにちは。前野慎太郎です。私は世界各地の秘境に生息する魚を釣るために、バックパックと釣竿を持って世界中を旅しています。ルアマガ+では旅の 道中に見た国やそこで起きたハプニングなどを紹介していきますので、よろしくお願いします!
さて、今回ご紹介するのは南米大陸ブラジルでの出来事。これまで様々な国で数々のハプニングに見舞われた私ですが、その中でもダントツで死を感じた『バスジャック強盗』の詳細をご紹介したいと思います。
事の発端はパラグアイ。パラグアイ東部には有名なイグアスの滝や、ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの国境が重なるエリアがあるのですが、そのすぐ近くにイグアス日本人居住区と呼ばれ る小さな町があります。ここには半世紀以上も前に移民として南米を訪れた先人たちが苦労の末 に築きあげた日本人街があり、日本語での会話や美味しい日本食を食べることができます。私は2か月半に及ぶ、南米奥地での過酷な釣り生活で疲れた身体を癒すために、イグアス日本人居住区を訪れました。
日本人居住区で1週間ほど快適な暮らしをした私は、この旅をブラジルのバイア州を流れるサンフランシスコ川で締めくくることにしました。まずは中間地点のサンパウロへ向かうためにパラグアイ国境を 抜け、ブラジルのフォズ・ド・イグアスという町の長距離バスターミナルでサンパウロ行きのバスチケットを購入します。私は1泊分の宿代を節約するために、夜行便のチケットを選択しました。出発は19時で、到着時間は次の日の13時。およそ18時間の行程です。貧乏旅人にはありがたい夜行便ですが、この思考が裏目に出てしまうとは知る由もありませんでした。
深夜バスで、突如大きな破裂音が響き渡り、バスが急ブレーキ!
出発してから5〜6時間ほど経った頃でしょうか。すでにバスは消灯し、暗闇に包まれた田舎道を 走っています。深夜1時を過ぎ、「そろそろ眠くなってきたなぁ」と思い始めた矢先、突如 ‟パァン” という大きな破裂音が響き渡り、それと同時に硬い金属がバスにぶつかったかのような衝撃が走 りました。私はバスの急ブレーキに驚きながらも、左手でチャックの開いていたポーチの中身が飛び出さないように掴みました。
「何事だ…!?」
と、思いバスの運転席側に目をやると、拳銃を持った2人の大男が大声で叫びながらバスに乗り込んできました。「手を挙げろ!」私はポルトガル語が流暢ではないのでわかりませんが、他の乗客が怯えながら一斉に両手を挙げたので、そういうことだったのでしょう。
私は手に取っていたポーチから、とっさにクレジットカードを1枚抜き取って座席と座席の間に隠し、ほかの乗客に一足遅れて両手を挙げました。
強盗はバスの通路前方に1人、後方に1人、そして運転席に2人の計4人で、3人は拳銃、1人はアサルトライフルを持っていました。彼らは私たちに銃口を向けながら、まず窓のカーテンを閉めさせました。全てのカーテンが閉まった後、強盗は「左手でスマートフォンを差し出せ」と指示を出します。 この辺りから私もようやくただ事ではないと実感し始めました。
恥ずかしい話ですが、それまでは軍の検問といったような、どちらかというと「めんどくさいなぁ」といった感情だったのです。実際これまでの旅で何度も検問には遭遇しましたが、決定的に違うのは全身武装で目元以外は全て隠れている点と、何より銃口を向けられながらもバスが走り続けていることでした。
「もしかして…バスがハイジャックされた?」
ようやく事の重大さを実感した時、身体から血の気が引いていくのを実感しました。それでも私が冷静でいられたのは、同じく状況を察した他の乗客のうち、何人かがパニックを起こし始めたからだと思います。
強盗は私たちからスマートフォンを取り上げた後、私たちから手荷物に入っている金品を強奪しました。具体的には、後方の男が銃を構えながら見張りをして、その間に前方の男が1人づつ手荷物を物色していきます。バスには40人程の乗客が乗っていましたが、乗客のうち何人かは「何でもあげるから、どうか開放してください」と、泣きながら持ち物や現金を自ら差し出し始めました。
「それで解放されるなら俺だってすぐさま荷物を差し出すけど…」自分より酷い状態の人がいると、物事を客観的に見れることがあると聞いたことがありますが、この時がまさにそうだったのだと思います。案の定、強盗は差し出された現金やイヤホン、カメラやポーチなどを乱暴に受け取った後、拳銃と大声で恫喝して、懇願する乗客を黙らせたのでした。
そのとき私はというと、後方の見張りがパニックの乗客に気を取られている隙にダミー財布だけを座席に残し、メインの財布やパスポートが入っているポーチは足を使って前方の椅子の下に無理 やりねじ込みました。
金品を差し出すことで身の安全が確保できたり解放されるのであればすぐに差し出したでしょうが、それが通用しないことは前述の通り。であれば、【貴重品に固執はしないが、守れるものは守ろう】といった心持ちでした。しばらくして、強盗が私のもとにやってきまし た。私は日本円で3000円程度の現金と複数の偽カードが入ったダミー財布を強盗に渡し、ついに全員分の手荷物の強奪が終わりました。
車内で取れるものはあらかた取ったはずなので、そろそろ解放されるのか? と、淡い希望が湧いていましたが、残念ながらそんな希望は露へと消えていくことになります…。
ようやくバスが停車。「全員服を脱げ」
まず、バスはいつまでも止まる気配がありません。それどころか、もう何も差し出すものがない (本当は椅子の下にありますが…)私たちに対して常に大きな声で恫喝しています。黙って手を挙げていた私の右頬に、突然「バチンッ」と衝撃が走りました。私の右斜め後ろで叫んでいた強盗が、いきなり私をビンタしたのです。
まさかの不意打ちにびっくりした私は、振り返りながらつい、「痛ってぇなー!」と、強盗に悪態をついてしまいました。これが気に入らなかったのか、そこから バスが止まるまでの間、私は後頭部に拳銃を突きつけられていました。この時ばかりは心も体も極限状態。映画のように隙を見て拳銃を奪えればいいですが、実際に経験した身から言わせて頂くと、「絶対に無理!」です。撃たれます。
耳元でポルトガル語を叫ばれても何を言っているのかわからないし、そのうえ何かの拍子に引き金を引かれた瞬間The End。「俺の人生ここで終わりかよ〜」と、最後を覚悟した男にしては軽い感情が脳裏をめぐる間にバスは突然進路を変え、これまで走っていたアスファルトの道から、林の中の道なき道を進みはじめました。
10分ほどオフロードを走ったところでようやくバスは停車します。同時に私の後頭部に拳銃を突きつけていた強盗も離れていき、ついに解放されるのか? と、期待しましたが、強盗から放たれた言葉は「全員服を脱げ」でした。
男性も女性もパンツ一丁になることを強要されます。私は焦りました。服を脱がす理由はわかりませんが、もし衣服の中に金品を隠していないかを調べているのなら、私は前述の通りポーチを隠しているので、バレたら何を言われるかわかりません。ここはポーチを取り出して、「取るなら取りな。隠し事なんてしてないぞ」とシラを切るしかないと思い、服を脱ぐ際に膝の上に堂々とポーチを置き、再び両手を挙げました。
この後、殺されるのか? 燃やされるのか? 死を覚悟した瞬間
耳を済ませると、シクシクと泣声が聞こえてきます。これから何が始まるのか全く想像できないでいる私たちに、強盗は1人ずつバスを降りるよう指示をします。私の番になり恐る恐る外へ出ると、2人いた運転手のうち1人が土下座のような状態で頭にアサルトライフルを向けられており、もう1人の運転手と先に出た乗客は、私たちの預け荷物が入っていたトランクの中に体操座りで座っていました。
バスが止まった場所には強盗の仲間がおり、私たちの預け荷物を丸ごと持って行ってしまったのです。人間しか入っていない異様な光景のトランクに、私も例外なく体操座りで座らされました。隙あらば逃げてやろうと本気で思っていましたが、今思えばそんな暴挙に出ないでよかったと思います。おそらく逃げ出していたら、私は生きて日本に帰ることはなかったでしょうから。
全員がトランクに入った後、強盗はトランクを閉めました。真っ暗な空間で聞こえるのは乗客のすすり泣く声と、バスの中でゆっくり荷物を物色する強盗の音。この後は殺されるのか、燃やされるのか、はたまた閉じ込めたままにするのか。この時の私には無事に解放されるという考えが無く、最善でもトランクに閉じ込められたままという思考でした。
「深夜だから涼しいけれど、昼間の炎天下で鉄の塊の中に40人となると、まず間違いなく熱中症で死ぬなぁ。リミットは明日の昼までか…トランクの扉、蹴破れるかなぁ…」漠然とそんなことを思っていると、先ほどまでごそごそと聞こえていた音が聞こえなくなりました。
「やっぱり閉じ込めたままなのかな」と思っていると、「ガチャッ」と鍵の回る音がします。その瞬間に乗客全員が色々なことを考えたでしょうが、扉を開け てくれたのは1人外でアサルトライフルを向けられていた運転手だったのです。
「強盗はいなくなったよ」
運転手がそういった瞬間、多くの方が膝から崩れ落ちて涙を流します。私も旅人生の中で 幾度か大変な目に遭ったことがありましたが、トップクラスのピンチを無事切り抜けたことに安堵し、運転手からもらったタバコを吸って、明け方の空を見上げるのでした。
「私、スマホを持っているわ!」胸元に隠したiPhoneで警察に連絡
さて、ある程度落ち着いたところでこれからどうするか話していると、1人のスペイン人女性が「私、iPhone持ってるわ!」と言い出します。スマホは強盗に取られたはずですが、とにかくそれで警察を呼ぶことにし、電波の繋がる場所まで歩いて警察を呼んだのでした。
あとでスペイン人女性に「なぜiPhoneを持っていたの?」と尋ねると、彼女は「ここに隠してたわ」と言いながら自分の胸元を指しました。実はバスから外に移動するときのみ、女性は胸元を隠して移動することが許されていました。私より後部座席に座っていた彼女は状況的に隠し通せると判断したのでしょう。
「もし強盗にバレていたら死んでたぞ!」と周りの皆は焦っていましたが、当の本人はあっけらかんとしており、「私の胸に感謝しなさいよね!」と今にも言い出しそうな様は、さすが情熱の国スペインだと感心しました。
犯人は、地元で有名なマフィアの可能性が濃厚
この後は警察署に行きましたが、警察曰く、ここら辺では有名なマフィアの犯行だそうです。ブラジルは関税が高いのですがパラグアイは免税らしく、ブラジル人はパラグアイまで頻繁に買い物 へ行くそうなので狙われやすかったのでしょう。
とはいっても現地に住んでいるブラジル人でさえバスジャックなんて寝耳に水なお話。 運が良いのか悪いのか…釣り道具やカメラ、パソコンなど、とにかく全てが無くなってしまいましたが、生きて帰れば笑い話。バスジャック後に手ぶらで訪れたサンフランシスコ川では現地の友人に助けられ、全て借り物の釣り道具で有終の美を飾ることができました。
バスジャックという人生でまずあり得ないと思っていた事件に巻き込まれたことは災難でしたが、 こうして皆様の前で体験談を話せることができるのも、この貴重な経験あってのものということで、これからも変わらず旅を続けていこうと思います!
アングラープロフィール
前野慎太郎(まえの・しんたろう)
20カ国超!海外遠征を繰り返し「自分だけしか見たことのない景色や魚」を求め、秘境を探しさすらう。地元広島河川のシーバスを始め、国内でもあらゆる釣りにチャレンジ。TULALAフィールドスタッフにして、Routesシリーズ開発担当。XBRAIDサークルメンバー