「フロントガラスを割られて…」缶コーヒーの匂いでクマが車に侵入⁉︎ 思わぬ遭遇を避けるための注意点とは。

クマ関連のニュースが非常に多い2025年。ようやく冬季に入り、報道も落ち着いてきたが山や渓流に入る際はまだまだ気が抜けない。そこで、渓流釣りのエキスパート「小川 貴恵」さんとその先輩である「能登谷 真」さんにヒグマとの遭遇を避けるためのポイントを語ってもらった。

●文:ルアマガプラス編集部

ヒグマの被害に遭わないために出来る事とは。

12月になり北海道は雪が降り始めヒグマの出没のニュースはようやく落ち着いてきました。ですが「まだ冬眠していない可能性があるので注意してください」という報道が続いています。

今までこのような報道がされた経験がなく、今年はそれだけヒグマの出没が相次いでいたという事を改めて考えさせられました。

今回はヒグマによる事故が起きた北海道道南で育った先輩と私の経験談などを交えて「ヒグマが生息する北海道での渓流釣りで気を付ける事」についてお話していこうと思います。

今回、お話を伺ったのは能登谷 真さん。道南を地元として育ち、渓流だけではなく本流、湖、ソルトを幅広いフィールドをフライとルアーの両方で北海道全域を釣り歩いた筋金入りのアングラー。私の尊敬する先輩の一人です。

魚を釣ることだけではなく、周りの自然環境や資源についてもしっかりと考え納得するまで調べるというストイックさを持つ能登谷さんからは教わることも多く、よくお話しさせていただいています。

1977年、道南の釣り人がヒグマへの警戒を強めた人身事故

道南では1977年9月に渓流釣りに出かけた人がヒグマに襲われ亡くなるという悲しい事故がありました。この事故は道南の人々のヒグマへの警戒心と恐怖心を特に高めた事故であると私は思っています。

釣り人を襲った個体はこの事故が起こる数か月に、別の地域で山菜採りに出かけた人を襲い食害していました。しかし、最初の事故では駆除に至らず行方をくらましてしまい、その個体が再び人を襲ったという悲しい事故でした。

しかも釣り人がヒグマに襲われているところを目撃していたドライバーなどもおり、「人を襲ったヒグマはまた人を襲う」という事が本当に起こるということを強く知らしめた事故であったと思います。

実はこの事故の被害者の捜索に関わったハンターが私の叔父でした。被害者は私の叔父や両親の友人でとても身近な存在の方だったという経緯もあり、私が生まれる前の事故でしたが、この事故の話や現場の状況、その亡くなった友人とのお話や人がヒグマに襲われたらどうなるか、ヒグマと出逢わないようにする対策はどんなことをしているかなど詳しく聞いて育ちました。

筆者である小川さんの叔父。

今は叔父は鬼籍に入りましたが、私が釣りをしているので叔母や両親とはいまだにその話をすることがあります。そしてこの事故について同じように親や周りから聞かされ育ったのが能登谷さんでした。

彼は私の叔父とも交流があり同じような話を聞いていたため、釣り人の中でヒグマに関しての警戒心はお互いに強く、気を付ける目線なども似ているように感じています。

道南の人はこのような事故があったのでヒグマに関して北海道の他の地域よりも特に警戒心が強い方なのではないかと思うことがあります。

ヒグマとの距離が近い生活を送っていた能登谷さん

能登谷さんの場合はこの事故以外にも日常生活をおくる中でもヒグマを意識する環境だったようで次のようにお話してくださいました。

能登谷「小学校高学年の時に家の近くを流れる川沿いにある林道入口に、ヒグマ捕獲用の箱罠を見た時がヒグマの存在を意識するようになったきっかけでした。そこはいつもヤマメやエゾイワナを釣りに行く途中の道沿いで箱罠を見てから恐怖心を抱き、渓流釣りを躊躇するようになり箱罠が設置されている間は行かないようにしていました」

我々が幼少期を過ごした昭和という時代は子供は外で遊ぶことが多く、特に道南は自然が豊かで場所によっては山や川、そして海が子供の遊び場でした。そして小学生が自転車や徒歩で行ける範囲に箱罠があるということは、いかにヒグマと身近な場所で生活してきたかが、お分かりいただけると思います。

自然豊かな渓流などは人間を惹きつける魅力もあるが、同時に多くの危険を孕んでいる。

私の住まいは市内であったため徒歩圏内には渓流はありませんでしたが、高校生の時に自転車では渓流には行くことはできました。ただ、さすがに箱罠は自転車で行けるような渓流では見たことがなく、このお話を聞いてとても驚きました。

能登谷さんが育った地域は民家が近くにあっても山や川はヒグマの行動範囲圏内であり、遭遇する可能性が常にあるという事を日常生活から学ぶことが出来る環境だったそうです。

嗅覚が鋭いヒグマを寄せ付けないためには

能登谷さんはヒグマと遭遇を避けるために「人間側からヒグマを誘引しない事」を心掛けていたそうです。そのなかで、ひとつ、興味深いエピソードをお話してくれました。

能登谷「渓流や里川に入渓する際は食べ物は一切持ち歩かなかったですね。飲み物も甘味料の入ったジュース、コーヒーや果汁入りのジュース等は避けていました」

能登谷「フライフィッシングでの渓流や里川はドライフライ(水面に浮かべて使う毛ばり)での釣りが多く、昼くらいからの入渓が多かったので食べ物はコンビニの駐車場で食べて、食料が入っていたケースや袋は捨て甘味料の入ってる飲み物も飲み干し、容器などは店舗にあるゴミ箱に捨てて現地には持ち込まないようにしています」

ヒグマが生息しているエリアに釣りへ行く際は匂いのある食料を持ち込まないという。

能登谷「何故こうするようになったかというと、以前とある釣り人がまだ飲みかけの缶コーヒーを車内のジュースホルダーに置いて川に入り、釣りを終えて車に戻ってくるとフロントガラスを壊され車内をヒグマに荒らされた事件があったという話を聞いてから食べ物のニオイに注意するようになりました」

前回の私の記事でも食べ物のニオイには気を付けるようにしているとお話をさせていただきました。
「ヒグマは嗅覚が優れている」といわれていますが、車の中に残した缶コーヒーのニオイまで嗅ぎつけてしまう可能性もあるのか・・・と思うと背筋が凍る思いでした。

こういう話を聞いたのならば原因と思われるようなニオイにはより一層気を付けるようになるのも共感します。今思うと私たちはSNSのない時代にはこういう話を仲間や親から聞いたり、自分が経験したことを周りに話をしたりしながら自分なりに出来る対策を考えて釣行していました。

ヒグマと遭遇しないように心がけて行動する事が何よりも重要

釣り人として気を付けている点の話として入渓時の時注意していた事や、釣りをするときの心構えを次のようにお話してくれました。

能登谷「道路から川に降りる時やポイント移動の時はなるべく視界の効くところを歩くようにして、身長よりも高い笹藪やイタドリの藪はなるべく避けたり、窪みに入ってヒグマから見下ろされるような場所などはできる限り通りません」

背の高い藪はヒグマの発見が遅れてしまい、バッタリと遭遇してしまう可能性も。

能登谷「もしそのような地形でばったり遭遇したら逃げるのは困難だし、動物の本能的な部分を考えると、もしかしたら窪みの中の人間はエサとして追い込みやすいよな・・・と最悪の事態も考えながら、そのような危険な場所は通らないよう常に気を付けて移動するようにしています」

自分の通る地形に気を配ることも重要だ。

少しでも助かる確率を上げためにはクマスプレーを携帯する事

能登谷「あとは『クマスプレー』の携帯です。今までヒグマと何度か遭って噴射したことはないですが、遭遇した時の経験からいざという時を考えて釣り竿を持っている利き腕と反対側の腰にぶら下げて、すぐにホルダーから取り出せる工夫もしています」

まずは遭遇を避けることが大事だが、万が一のことも考えてクマスプレーは必携。

能登谷「そして僕が道南に住んでいた9年前と比べヒグマの生息範囲は大きく変化したと個人的に思っています。道南の日本海側では河口域までヒグマの出没が確認されており海岸線からあらゆる地形がヒグマの生息域となり人間の生活圏とヒグマの生息域の線引きが曖昧な状態になってしまったのではないかと思う程です」

クマが通った獣道。この獣道の先には畑があるという。

能登谷「そういう状況でも自然豊かな地域の渓流や里川に入るとなると、我々人間がヒグマの生息域に入るんだという認識を強く持つべきなのかなと思うし、自然に対する謙虚な気持ちを今以上に持ち目や耳で感じる自然からの情報や気配にも気を配る事でヒグマとの遭遇の確率を下げるのではないか思います」

自然は人間の領域でなく、クマをはじめとする動物たちの生息地であるということをしっかり認識する事。

以上のように能登谷さんは今までの経験や知識からヒグマへ対する気持ちをお話ししてくれました。

多くの釣り人が「ヒグマには遭遇することがない」「ヒグマのことを気にしすぎる」と言われていた時から能登谷さんと私は「ヒグマの事故は他人事ではない」と思いながら釣りを続けてきました。

電柱の横の茶色い塊が小川さんが目撃したヒグマ。

それは私と同じ道南という地域に育ち同じようなフィールドで釣りをしてきたこともあり、経験したことや事故の話を耳にしてきた環境から、渓流釣りをする上でヒグマの問題は常に自分たちのそばにあること、そして「ヒグマに遭遇しないようにすることが何よりも大事だ」ということをお互い考えて釣りをしてきたように思います。

月日とともに川も自然も変わりゆくものなので、以前は問題なかったから今も大丈夫というような過信はせずに常に新しい情報にアンテナを張り、細心の注意を怠らず行動した方がいいと思っています。そして私たちはあくまで釣り人でヒグマの専門家や研究者ではないので学術的な知識はありません。

ですが、釣りを楽しむ上でヒグマに遭遇しないためにも様々な文献を読んだり、調べたりしながら「釣りをする上で自分が出来る対策」について考えながら釣りを楽しんでいけたらいいなと私は思っています。

次の記事ではお互い経験した「忘れることが出来ない遭遇経験」のお話などをしていければと思います。

小川 貴恵(おがわ・たかえ)

北海道出身、北海道在住の、TULALAフィールドスタッフ。釣り好きの父からの影響で、子供の頃からイワナ、ヤマメ、鮭釣りなどを始める。そのうち、自然と渓流魚の美しさに惹かれ、渓流トラウトをメインに狙うようになる。道内のトラウトフィッシングには精通しており、ルアーフィッシングを始め、フライフィッシングも行う多彩なアングラー。

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