「一生に一本」といえる、釣り人のための包丁を作ってもらいましたぞ! なぜ、いい包丁で魚を捌くべきなのか。和包丁の持つ「理」を知る。【その3】



さて、発売のために準備してきた堺打刃物の小噺シリーズも今回で最終話。いろいろと文章で綴って来ましたが、今一度、堺打刃物の素晴らしさをお伝えするために作ったプロモーション映像をご覧頂きたいと思います。百聞は一見にしかずと言いますしね。ぎゅっと凝縮した3分程度の映像です。可能な方は、ぜひイヤホンなどで「音の風景」も楽しんでいただければと思います。

……というわけで、包丁の実物はこちらからお求めいただけるのですが、よろしければ最後まで記事もごらんくださいませ。良い道具に対しての思いの丈をぶつけてます。文才なく少々長めではございますが、お付き合いください。



滅びの道に向かう? 和包丁の文化

まず、これについても知っていただきたく思います。過去記事で解説してきたように、堺の場合はそれぞれの工程に専門の職人さんがいる分業制になっております。

その唯一無二の職人さんについてです。これは、堺打刃物に限らないのでしょうが、そういった技術や文化とも言える物づくり職人の後継者がなかなか育たない……いや、後継者になろうという人が年々減っている現状があるようです。

源正守「例えば、鍛冶屋さん。朝は、はよから(早くから)ろくな空調もない工場で油まみれになりながら、物を作っとる。大変な仕事や。とても重要な技術と仕事やけどな、後継者になりたいって人は、そうそうおらへんねや。油まみれになりながら普通のサラリーマンが稼げるくらいの収入なわけよ。そらな、サラリーマンやるのも大変やけど、鍛冶屋とサラリーマンやったらどっちがいい言われたらな、安定した収入を得られるサラリーマンをとるもんや(ご子息、一族でも)」

これは猛暑の2018年夏に訪れた、江渕打刃物製造所の様子。冬場はまだしも、夏場も作業を滞らせることはない。過酷な条件下で一丁、一丁が作り出される。

みんな魚を捌かなくなってきた

大量にプレスで生産され、安価で販売される包丁。中国などの諸外国で安価な材料で安価に作られる包丁。そういったものが手に入りやすい時代。

手間暇かかっている堺の打包丁とはいえ、その価値を理解し相応の対価を払おうと考える人は多くありません。プロとして和包丁の真髄を知る料理人たちは、その価値を理解してはいるが(国内の料理人の包丁シェアの9割が堺包丁だと言われているそうです)、その職人たちを支えるほど市場があるわけではないようです。

昨今の食文化事情も、和包丁離れを加速させています。魚を自宅で捌いて調理する人が少なくなっていることは、ここでデータを出さずともおわかりいただけるのではないかと思います。

捌く必要がないとなれば、道具も身近な風景から消えていく。こういったことに関心を持たれなくなるのは必然の環境といえるでしょう。

「海外からの再評価」が文化を繋ぎとめている

奇しくもその特性を理解し「和食の在り方」に興味を持ち、堺の包丁に強い関心を持ち始めたのが海外の料理人なのだそうです。熱心に職人のもとを尋ね、実際に道具の実力を評価してオーダーをしていくのは今や外国人なのだそう。

「和食」そのものがブームでもあることから、勉強熱心な彼らは、なぜ和包丁が和食の必然なのかを深く探求しはじめたのでしょう。

先日、とある民放TV番組で包丁マニアの外国人が堺の刃物の良さについて熱心に語っていました。

そのときはなんで、日本の和包丁の良さを海外の方が語っているのだろうと違和感を覚えたのですが、要は国内のマーケットでは料理人はともかく、そういった道具に関心を持つ一般の層が少なくなっているからこのような番組が成り立つのですね。

日本に住みながら、日本人はその拘りについて知る機会すら失いつつあるというわけです。

和包丁、いい包丁で魚を捌く「理(ことわり)」とは?

まずは本格的な和包丁の基本構造をおさらいしましょう。

今回作った鯵切包丁もそうですが、和包丁の刃の部分の素材は「鋼」が採用されています。前回も解説しましたが、鋼は包丁の材質として最も優れています(様々な意見があることはひとまず置いておきます)。

包丁の刃は、拡大すると微細なノコギリ状になっており、赤めて鍛えて育てた包丁の鋼は、その刃のピッチや組織構造が食材を切断するのに非常にすぐれた形質になっています。この絶妙な刃の構造により、食材の組織をなるべく潰さず、味を落とさない切断ができるというわけですね。

なおかつ、和包丁裏面には「裏すき」や「」、「しゃくり」と呼称される凹みが設けられていて、実は平面ではないのです。この構造のおかげで、切断した食材の身離れが良くなります。プレスで作られた包丁の場合、あまりこういった構造になっているものは多くないようです。

和包丁の裏面は、このように平面ではなく湾曲している。これにより、魚などの身を捌いたあとに身離れが良くなる。

このように、料理する食材を最高の状態に保ちつつ切断したり捌くための仕組みがいくつか、和包丁に内蔵されているのですね。今回発売する釣人包丁「鯵切」はアジを捌くことを主眼に置いてはいますが、包丁としての基本機能は一切おろそかにしていません。



食材、それぞれに専用があったほうが良い理由とは?

最初の投稿で、「包丁の種類は魚の数だけあっても良い」という、源正守さんのコメントを掲載しましたが、ひとつ例をあげましょう。

特定の魚専用というわけではないですが、柳刃包丁などはその典型的な機能美のひとつの形といえます(蛸引き包丁としても知られているためある意味専用ではあります)。柳刃包丁は魚のサクなどを刺し身として捌いていくときに仕事をする、細くて刃が長い包丁ですね。

和包丁は前述したとおり、刃先はノコギリ状になっており、なおかつ引き切りすることで素材の組織を潰さずに鋭利に切断していくことができます。

細長い刃を持つ柳刃包丁の場合、包丁のアゴから切っ先までの長さゆえに、包丁の刃角をなるべく鋭利な状態で引きながら切断していくことができるため、刺し身などの繊細な料理にうってつけなのです。

出刃のような包丁で捌くと、どうしても刃角が厚く深くなってしまうため、柳刃包丁よりも素材の組織を痛めてしまいかねない。なので美味しい刺身を造るために、料理人は柳刃の包丁を用意するのです。

柳刃包丁の形状。寿司職人さんなどは必ずと言っていいほど持っている。

このような理屈が、包丁の形それぞれにあるわけです。そして、下手をすると素材、食材の数だけ拘るなら必要になってくる。

今回の「鯵切」は、鮮度の良い美味しいアジをすばやく、なるべくその美味しさを損なわないように捌いていくという機能に主眼を置いています。なおかつ本格的な和包丁です。刺し身を造るにしても、専用の柳刃包丁には劣るものの、家庭用のそれよりは素材を傷めずに造ることができる汎用性は持たせてあります。

和包丁の理を語るには、例も少なく不十分ではありますが、日本の食文化のなんと繊細なことかと思います。私も、包丁に興味を持ち勉強し始めたばかりですが、食材だけでなく、それを調理するための器具にこれほどの拘りを持っている食文化を他に知りません。ただ、食材を切るだけではなく、食材を活かす調理器具としての「理」を和包丁は持っているのですね。

こういったことに少しでも関心を持っていただければ、技術として失われつつある和包丁の文化や製造技術、堺打刃物の凄さや必要性をご理解いただけるのではないかと考えたわけです。



長々と包丁を語ったところでようやく販売する「鯵切」の話へ。

さて、今回ご用意した釣人包丁「鯵切」について解説します。刃渡りは約15cm。サイズとしては出刃に近いひと振りです。ですが、出刃包丁よりは薄刃にデザインしてあります。また、釣ってきたアジを素早く捌くことを意識して、切っ先が出刃よりやや直線的になっているのが特長です。

追記:鋼は鋼でも何鋼?? というご指摘を各方面から受けまして…。追記させていただきます。鋼は「安来鋼 白紙2号」を採用しております。ご存知の方も多いかとは思いますが、高級和包丁に使用される鋼材です。製造元は日立金属安来工場。白紙2号は、刃金材としての不純物を取り除いた高級鋼材として知られれております。出雲地方のたたら技術で製造される、唯一無二の鋼材「玉鋼」に近づけようと、現代の製鉄技術を駆使して開発された「安来鋼」。いくつか種類がありますが、安来鋼 白紙2号は職人の腕次第で、ダメな包丁にも、最高のものにもなり得る材質なのだそうですよ。こ、これは刃物の材質だけで記事を書くべきかっ!?ってくらい深いお話なのですが…。

この包丁は、包丁メーカーとして老舗の源正守・社長の奥田忠義さんが「釣り人」としてのこちらの要望に沿ってデザインしてくれた唯一無二の特別製です。かといって奇をてらった機能包丁ではなく、包丁としての基本性能や機能美は一切殺していません。包丁としての汎用性もしっかりと内包しています。

包丁自体もこれまでお伝えしてきたように、堺でも一級の鍛冶職人によるもので、「霞」という和包丁独特の方法で鉄と鋼を合わせてあります。なお「打ち」は冬場に全て終了していいます。

鉄に鋼をのせ、赤めて打つ。和包丁なので、鋼を載せた側が表面になる。「霞」という技法。本焼きがどうのこうのという話もあったりするが、プロ及び、家庭用の製造法としてはポピュラーで実用性が高い。

研ぎも一流の仕事です。後継者不足もあり、包丁問屋のスタッフが技術指導を受けに入っているほどの職人で(包丁問屋などでも研ぎを行っている場合が多い)、その道、30年以上というベテランの手によるもの。

鏡面仕上げという装飾技術があり、意匠を凝らした高級包丁には採用されることも多いようですが、今回は無駄にコストを上げず、釣り人の皆様にガンガン使っていただきたいという思いから、そういったデコレーションは排しています。ただし、アクセントとして、刃の背にはバフがけをお願いし、これが主張しすぎない良い味になっているんじゃないかと思います。

磨いていない状態が左、右が磨いた状態。このように鏡面の仕上げになる。

柄も、柄のみを専門に作り上げる職人による仕事です。採用している朴の柄には水牛のリングをはめ込んであります。天然ものなので、どういった色合いのものがくるかは届いてからのお楽しみです。

絵に使う水牛の角は、天然素材なので、色合いは1点モノ。

包丁にはサービスで名前か名字を掘り上げることも可能です。また、専用の桐箱に入れてお届けします。贈答用としても喜ばれる1本じゃないかと。

桐箱の蓋には「鯵切」の箔押しが入る予定。こちらもプロトになります。

さて、肝心のお値段ですが、34,800円(税抜き)です。

この包丁の価値を理解いただいてる料理人の方にお値段を聞いてみたら「え? お安いですね!」との反応。このクラスの包丁ならば安くても6万前後、堺打包丁というバリューならば10万円を超えることもザラとのこと。

源正守の社長、奥田さん曰く、一般に出回ることも少なくプレミアがつく品物なので、「この価格設定なら普通ならば瞬殺です」なんてお話もうかがったのですが、我々としましては「良いモノがほしいと考えている釣り人のため」、そして「このような素晴らしいモノが存在する」ということを知る機会を提供できればという考えで値段を設定しました。

この「鯵切」、自信をもって釣り人としての「一生に一本」という包丁にふさわしい仕上がりであるとお伝えしたいです。ぜひ釣ってきた最高の食材をこの包丁で捌いてみていただければと思います。

ご購入はこちらからどうぞ! おかげさまで完売いたしました!


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