魚は寝かせただけ美味しくなるは本当?津本式のウソ、ホント。【津本式マニアックス】

津本式などの魚の仕立てた方が普及し始め、『熟成魚』という分野が注目されるようになりました。しかし熟成魚の正体とは? そもそ魚って寝かせたら本当に美味しくなるの? そういった部分を再度確認しておきましょう。

→魚を寝かせたら本当に美味しくなるのか!?

●文:ルアマガプラス編集部(フカポン)

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脅威の保存力がもたらした新しい可能性と『勘違い』。津本式は美味しくなる! も、美味しくならない! も、どちらも本当だ。

ここから先、少し長くなりますので先に宣伝。来る6月11日に津本式を活用するためのシンポジウムが東京海洋大学で開かれます。この機会にぜひいらしてください!

ルアマガでも再三とりあげている津本式・究極の血抜きは、死魚状態の魚にも水を使って血抜き処理を行い、魚の保存力を驚異的に上げるスキームであると解説してきました。ざっくり、津本式で処理した魚は非冷凍状態、つまり生のままで従来技術では考えられないような保存が効くということです。

津本式以前から、ハタやブリ、カンパチ、マグロのような魚は寝かせた方が美味しいと言われており、そうった処理を『魚の熟成』と呼称していました。

津本式などで処理した魚は、この『寝かせ』の時間が従来よりはるかに長く取れるため、魚の身のタンパク質変化により、従来の魚では顕著に現れにくかった旨味成分が主張しはじめます。非常にざっくりですが、魚には2つの主要な旨味成分があるとお考えください。

ひとつは、イノシン酸。そして、もうひとつが遊離アミノ酸類のグルタミン酸(他にもたくさんありますが目立つ旨みとして)。

ひとつめのイノシン酸はまさしく我々が知っている『魚の味』を支配する旨味成分です。鰹節などの旨みはこのイノシン酸の影響などが大きい食品です。これを抽出するために出汁に使ったりするわけです。比較的、鮮度の高い魚を食べた時に感じる旨みとお考えください。

もうひとつは、グルタミン酸です。こちらは、豚肉や牛肉などに多く含まれる旨味成分で、いわゆる『肉の味』の主力となります。昆布、椎茸などにも多く含まれています。

魚の旨味成分の正体。神経締めはすべきかすべきじゃないか。

結論から言えばしたほうが良いのですが、考え方によってはしなくてもいいという逆説的なお話をします。

まず、なぜ脳締めや神経締めをするのかというと、魚の生命エネルギーとして生きている魚はATPという物質を体内にもっています。生きるための燃料とお考えください。このATPは生きている間は、循環して回復していくのですが、魚が生命活動を止めるとATPはイノシン酸という旨味成分に変化していきます。

ところが、絶命するまでに時間がかかってしまうと、生命活動の維持のためにATPが消費されます。このATPは本来、魚が健全な環境下で循環回復していくものですので、釣り上げた魚やクーラーボックスに放り込まれた魚などは絶命するまでの時間、そのATPを消費していくだけになります(回復しません)。

ATPの消費は残る旨み成分の消費と直結するわけですから、早く生命活動を止めて上げるとその旨み残るというのは自明の理でしょう。

ですが、こういった理屈っぽい話をしたあとに、『いや、普通に締めずに食べた魚と、締めた魚を食べ比べたけど変化はなかった!』と主張する人もいるかもしれません。これは、実は正しい?のです。ただし、これは時系列によって正しくも間違いにもなります。

まず、ATPは魚の生命活動の停止後にイノシン酸という旨みに変わっていきます(魚のおいしさを旨味成分だけで論じるのは危険と承知の上で書きます)。この変化のスパンですが、死後半日から1日、2日位後にピークを迎えます。そこから減少に向かっていきます(魚種によって異なりますが、増減をグラフ化すれば時系列の差異はあれど似たような特性になると思われます)。

あれ? 魚って寝かせれば寝かせるほど美味しくなるんじゃないの? って疑問の答えがここにあります。イノシン酸という旨味成分の上下だけを論じれば、寝かせれば寝かせるほど旨みは減って行くのです。と、同時にあれ? 旨みのピークって意外に早いよね? つまり鮮度の高い魚は美味しいってことじゃん!という結論に至る人もいるかもしれませんが、それもそう単純な話ではありません。

※魚の食感(テクスチャ)の変化や、脂を旨みを仮定しての考察は今回は省きます。

さて、先ほどの主張についてですがこう言えます。もし、鮮度の高い状態で魚を食べることを着地点に置いているのであれば、脳締め、神経締めをしたところで、そのおいしさの差は感じにくいでしょう。

常々、津本式の開発者である津本光弘さんが主張されている『獲ってすぐの処理がいい魚は、美味しくなるポテンシャルがある』という話と合わないような? いいえ。これこそがひとつの答えです。

津本式の処理してもその差なんてない。この主張は食べる着地点が論じられていないと主語が抜けた状態だということです。獲って3日以内に食べるのであれば、津本式の恩恵は感じにくいかもしれませんが、これが5日後、7日後、14日後になれば話が変わってくるのです。津本式を施した魚は、このイノシン酸の減少を緩やかに抑える事ができるからです。そしてATPをリッチに残すことの効果も、時系列が後ろに進むにつれて顕著に現れ始めます。

結果論的に、津本式で処理した魚の優位性を感じやすいのは5日や7日後くらいということですので、そのあたりで食べ比べてみれば、わかりやすくなるわけです。

血抜きは旨み抜きであると言う主張は本当か

『津本式した魚は、なんかサッパリしすぎて美味しくないねん、血抜きしすぎやねん』。この主張についてもせっかくなので考察しておきましょう。

はい。これも上記のお話と同じく、時系列的にどの状態にあるかで、『その通りです』。とも、『そうでもありません』とも言えるお話になっていきます。

おっしゃる通り、魚の血液には旨味成分も含まれています。とても乱暴な言い方ですが。それを抜いて仕舞えば、その旨みは失われます。結論から申し上げますと、鮮度が高い状態であれば血も旨みや雑味として機能するとも言えます。ですが、血液の劣化腐敗は驚くほど早いということを念頭に置いておくとよいでしょう。端的に言えば、旨み、雑味と感じれる鮮度期間は驚くほど短いということです。

わかりやすい例でいきましょう。カツオの血抜きについてです。

カツオ料理から考える『血は旨み』の正体

カツオは血の味だと主張する人もいます。概ね反論しません。鮮度の良いカツオのタタキや刺身は絶品です。記者は高知県出身ですので、そこは間違いないと思います。そこの固定観念は否定しませんが、血抜きを精度よくほどこしたカツオの味も知っています。ズバリ美味しいです。

では、カツオのタタキという料理について考察してみましょう。

カツオのタタキは、ポン酢などのタレで和えるタイプと、塩タタキと呼ばれる塩で美味しくいただくタイプに大きく分類されます。

カツオの塩タタキ。確かヒロメ市場で。 [写真タップで拡大]

椰子という、宿毛市の国民宿舎のカツオタタキ。おいしい。 [写真タップで拡大]

特に、ポン酢で和えるタイプはかなり合理的です。血の臭みを消す薬味類を豊富に使い、同じく生臭さを消すポン酢のキレート効果など利用して『血』が持つ弱点を徹底的に消します。これだけ薬味を使えば、多少血が劣化したところで、美味しくいただけますよね。血の旨みを利用している料理だといえます。

対して、塩タタキはどうでしょうか。魚好きの方は『まぁ、塩タタキでカツオを食べれるならそれにこしたことはないよね?』なんて頷く人も多いのではないでしょうか。塩タタキは、シンプルに藁で炙ったカツオを切って、美味しい塩でいただく料理で、あまり薬味も使用しない傾向があります。

それゆえに、『塩タタキは鮮度の高いカツオじゃないとできないよ』という傾向があります。血の劣化が顕著でなく、劣化所以の生臭さや不快な雑味が少ない状態の魚だから楽しめるという側面があると思います。

もう、勘の良い方ならお気づきかもしれません。『血の弱点を徹底的に消す調理』と『血の弱点が少ない状態の調理』の2つです。となると、はて? どちらにしろ血は必要な調味料なのでしょうか。

おいしさには先入観も調味料になっていると思いますので、『血が旨み』説を私自身も否定する気にはなれません。が、同時に、『血が旨みにはあんまりなってない』説についても、こういった事例を考慮するとそうだとも言えます。何事も否定から入らず受け入れる姿勢が大事なのだなと痛感するわけです。結果、津本式などで血を徹底的に処理したカツオの活用法も見えてくるのではないでしょうか。

日をおいてのカツオの『塩タタキ』食べてみたくはありませんか? 何がいいたいかというと、従来の文化を否定しないのと同様に、血を抜く=不味くなる。逆に血は悪ではなく、どちらも美味しくする可能性があると定義すれば素晴らしいと思うのです。どちらもですがうまく利用すればいいのかなと思う次第です。ただ、劣化した血は限りなく悪!という大前提は普遍だと認識しています。

ポン酢の塩タタキにしても、よりカツオ本来の味が引き立つように薬味の分量を調整してみたりと、工夫しがいがあると思うのです。記者は、ゴリゴリにニンニクの入ったカツオのポン酢タタキも好きですが….。

本題。寝かせれば寝かせるほど魚は旨くなるの真実。

さて。魚の旨みの話に言及するにあたって、血の話などに脱線しましたが、寝かせれば寝かせるほど、魚は旨くなるのかどうかという主題についてまとめていきましょう。

冒頭のイノシン酸の変化の真実をベースに考えると、寝かせたら寝かせただけイノシン酸減って行くんじゃない? これはその通り。じゃあ、寝かせすぎても旨くなんねぇじゃん! と短絡的に結論づけても間違いではないのですが、実は、減って行くイノシン酸に変わり、増えてくる旨味成分があるのです。それが、鮮度の高い状態では主張してこなかった『グルタミン酸』系の旨み成分です。

なぜ、鮮度がいい状態の魚に、グルタミン酸系の旨みが少ないのかと言うと、このグルタミン酸系の旨み成分は魚のタンパク質が変化していくことにより変わって行くものだからです。この変化は、時系列的にイノシン酸の減少に合わせて増えていきます。

前処理でATPを浪費した魚の『味抜け』

前述した、グルタミン酸系の旨みが顕著に立ち上がってくるのが魚種によるので正解は相対的になりますが、ある程度の日数を経過した後になります。ちなみに冷凍した場合、この変化は起こりませんので、津本式のように生の状態で保存されていることがある意味条件になります。

さて、前処理の悪かった魚はATPを浪費してしまうと書きました。ATPはイノシン酸の元となる成分ですので総量が少ないとどうなるか。単純に言うと時系列上において早い段階でなくなってしまうと考えるとよいでしょう。タンパク質は確かにグルタミン酸などの遊離アミノ酸系になっていくのですが、その変化まで持たないとどうなると思いますか?

端的に言うと『魚に味がなくなります』。この状態にならない前に、食べるのがいままでの魚食です。魚は鮮度が良い方がいいという一般論とも符号します。

なので、ATPはなるべく残してください。という理屈とも符号するわけです。『津本式したけど、逆にまずくなった!!』は、主語が抜けていますよ?とう指摘はここに帰結します。津本式は何も魔法の技術ではありません。シビアなまでに理屈に支配されている仕立て方です。良い魚を仕立てると、この味の『谷間』が出現する確率が極めて低くなります。状態の悪い魚を仕立てた場合は、より理解がないと、その魚を美味しくできないわけです。そのロジックも理解できるかと思います。

今回の記事の作成にあたり、記者に情報を提供してくださった津本式の識者やシェフの方は、こういった理屈を利用したり理解されていますので、調理において『魚を美味しくする』技術に長けているというわけです。

『まぁ、味の谷間の魚をあえて利用することもあるんです。そういった魚は、タンパク質が変異して美味しくなるタイミングまで持たないことがありますからね。味が抜けてるなら、味を足す。これも調理の技術です。別に身が傷んでいるわけではないので、利用しない手はないですよね』

魚を寝かせた先の魚の味とは?

魚が持つ従来の旨み『イノシン酸』と寝かせることで立ち上がってくる『グルタミン酸』。この両方を使う事を意識すると、どのタイミングか?? ある意味、これこそが津本式のひとつの可能性のひとつといえるでしょう。このタイミングはおそらく、寝かせれば寝かせるほどいいという結論に至らないであろうということがここまでの解説でお分かりいただけたと思います。

(1)津本式は脅威的な鮮魚保存が可能な技術で、冷凍を必要しないため魚に変化が起こる

(2)イノシン酸の減少スピードを遅くできる(データがある)

この2つの特徴を理解すれば、魚の調理の幅がひろがされることに気づかれるでしょう。残ったイノシン酸をどううまく使うか。1:1のバランスを見つけ出し強烈な旨みを提供するか。イノシン酸優位な状態を生かした調理をするか。逆にグルタミン酸を強調した調理にするか。などなど。

そんな事を考えて行くと、あ、昆布締めってそういう理屈だったのか!だとかわかってきます。

津本式開発者の津本光弘さんが『熟成は調理やで』と主張する理由がまさにここです。調理は料理人の技術です。この特性をどう利用するかは料理人の腕や舌にかかっているということなのです。なので、津本さんは勘違いされないように『津本式したからって、魚は美味しくなるわけじゃないで』とも言われるのです。そこに矛盾は生じません。

極端な話ですが、イノシン酸の影響下を抜け、寝かせに寝かせた魚の味は、、、、、、牛や豚のハムのようになります。それはそれで美味しいですし、異次元です。ですが、それが最終的な正解かと問われると、それは別問題ですよね。人の好みにもよりますし。記者なんかは、この味なら牛や豚のハムを食べた方が美味しい!と思うタチですが、その味を魚で出せるという希少性や技術は賞賛されるべきだとは思います。

そんな津本式の活用法をより深く理解するためのシンポジウムが東京海洋大学で開催。6月11日!

冒頭にも紹介しました、津本式の大学シンポジウムでは極めて理詰めな津本式という魚の仕立て方をベースに、この手法をどうやって活用していくことができるのかというシンポジウムを行う予定です。津本光弘さんはもちろん黎明期から津本式を研究の材料に取り上げていた東京海洋大学の准教授高橋希元チームの論文解説。そして、現場で津本式を扱って成果を得ているシェフや水産関係のプロの方を交えてのかなり豪華なセッションになる予定ですので、ぜひご興味のある方はいらしてください。

長くなりましたが、魚食の質を追い求めて行く探求に、津本式という技術が役立てばと思う次第です。これらの特徴を活かしたレシピ集も販売しておりますので、ぜひどうぞ。


※本記事は”ルアマガプラス”から寄稿されたものであり、著作上の権利および文責は寄稿元に属します。なお、掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。 ※特別な記載がないかぎり、価格情報は消費税込です。

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