UI/UXデザイナーが語る「モノ」をデザインする楽しみと釣りの未来【XBRAID presents「想いを編む人」】

アングラーと魚をつなぐ釣り糸は、水辺の趣味を楽しむ人の生命線。魚の鼓動を通じてこそ理解できる自然がある……。YGKはそう心に刻みながら、確かなもの作りに日々邁進しています。そして私たちと同じようにフィールドや魚、釣り人、あるいは釣りそのものと深く関わり、熱い想いを込めて仕事や活動に取り組んでいる。そんなプロフェッショナル達をご紹介。

●文:ルアマガプラス編集部

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ロボット開発者として

コロナ禍が世界を覆ってしまう、まさにその直前の2018年末に画期的な家族型ロボットが発表された。その名は『LOVOT(らぼっと)』。愛くるしい見た目の内側にはセンサーがぎっしり詰め込まれ、まるで命が宿っているかのような反応を見せる。

LOVOTは人を認識し、声をかけると視線を動かして反応するが、それだけではない。体温があり、なでれば気持ちよさそうな表情もするし、人の接し方次第でなつき方が変わってくることさえある。

実際に触れると想像以上にかわいく、ロボットであることを忘れてしまうほど。ニュースや、あるいは実物をご覧になった方も少なくないかもしれない。

LOVOTを開発したのはベンチャー企業の『GROOVE X』。あの『Pepper(ペッパー)』の開発に携わった林要さんが創業者だ。

同社に在籍する南地秀哉さんは開発者に名を連ねるひとり。そしてロボットとはまったく関連のない、PEラインを正しくリールに巻き取るための器械『Xブレイド・エックステンショナー』のデザインを担当したのもまた、南地さんなのである。

南地秀哉(みなみじ・ひでや)
1987年生まれ。2010年東京大学工学部卒業。2012年に武蔵野美術大学大学院造形研究科を修了し、東芝デザインセンターに勤務。2017年にGROOVE Xに転籍。2023年後半より、東京大学の非常勤講師に着任予定でもある。

南地さんがデザインを担当した「Xブレイド・エックステンショナー」

南地さんの肩書きはUI/UXデザイナー。UIはユーザーインターフェイス、UXはユーザーエクスペリエンスの略だが、分かりやすく表現すると「何かを操作するための仕組み」や「どのような体験ができるか」を考える人だといえるかもしれない。

マンガの影響で釣りを始めた

南地さんのルーツは大阪にある。

南地「もともと生まれも育ちも枚方で、中学高校一貫の男子校に通っていました。小学生の頃は『コロコロコミック』でグランダー武蔵っていう釣りのマンガにハマって、テレビでもアニメをやってたと思うんですけど、オルカイザー(マンガに登場するルアー)とかがほしくてどうしようもありませんでした(笑)」

南地「それで親父にバス釣りをやりたい、みたいなことを言ったんです。親父も昔は釣りをしていたみたいで、それまでは1回も一緒に釣りに行ったことはなかったんですけど、ノリノリで『上州屋行こうか』みたいな感じになって……自分の中ではバス釣りをやるものだと思っていたんですけど、ちがう道具を買い始めて(笑)。それで初めて釣りに行ったのは淀川の河口で、セイゴが十何匹か釣れて楽しかったんですけど、親父はそこから本格的に釣りを再開して今でもしょっちゅう行ってます」

その後は南地少年も念願のルアーフィッシングを始めたが、現実はマンガのようにうまくはいかなかった。

南地「なかなか釣れなくて、小学生だったんでルアーをロストしまくったりして心が折れて『ルアーはいいや』となったんですけど、親父に連れて行ってもらってアジやキスを釣りに一緒に行ってましたね」

大学入学後はひとり暮らしを始め、その後社会人となって結婚し、子供もできた。釣りからは遠ざかりブランクが空いていた。

南地「一昨年くらいですかね、やはりコロナ禍でやることがなくなって……。そのときは釣りのバブルがあったと聞いているんですけど、僕もご多分に漏れずですね(笑)。子供が1、2歳で外で遊べる場所も限られていましたし、千葉の館山で道具を借りて釣りができるところがあったので、ちょっと遊びに行こうかと」

南地「それで小っちゃいコチが釣れたんですよね。フライにして食べたらおいしくて『これは楽しいな』と。急いで親父に『余ってる竿とリールちょうだい』と道具を送ってもらいました。今は江戸川の近くに住んでいるんですが、河口でハゼ釣りが盛んなんですよ」

好都合なことに急速に普及したリモートワークの仕事形態は現在も続いている。朝6時に起きて2、3時間竿を出し、帰って魚をさばいて10時頃から仕事を始める。南地さんはそんな生活を夏から秋にかけて楽しんでいるという。

思い描いていた夢と現実

南地さんは現役で東京大学に合格。卒業後は武蔵野美術大学の大学院に進んだ。きらびやかな経歴ではあるが、東大から美大への進学は珍しいパターンかもしれない。

南地「中学のときはロボット研究者になりたかったんですよ。デザインというのが自分に関係ある世界だとは全然思っていなくて……。さかのぼると幼稚園のときはゴジラが好きで、特にメカゴジラにすごくハマってたんですけど、中学のときはゾイド(タカラトミーが販売する組み立て玩具のベストセラー。ゼンマイやモーターで動く)っていうおもちゃにどハマりしてたので、そこからですね」

南地「それで東大が理系の研究予算は一番だと聞いて、それだったらと(笑)。ネットで検索するということもできない持代ですから『東大に行ったら何でもできるんじゃね?』と思い込んでいました。中学で成績がよくなってきた時期があったので、頑張れば行けるかもと思い始めて、そこからですね。合格したのはかなり奇跡で、予備校の先生には『南地は3回受けたら1回受かる』みたいなことも言われていました」

ところが大学でのロボット研究は思い描いていたものとは異なっていた。

南地「入学して学科を選ぶのは成績順に決まったりするんですけど問題があって、ロボット研究が思ってた以上に“渋かった”。別にガンダムとかを作ってるわけじゃなくて、いわゆるロボットというよりはロボティクス(ロボット工学)。ペン回しができるロボットとか……すごいんですけど、これをずっと続けるのは辛いなと」

その後、建築学科の親友ができ「モノづくり」に近い人と知り合えた。「それ(南地さんのやりたいこと)って工業デザインじゃない?」というアドバイスもあり精密工学科に進む。

南地「今でこそ東大はデザイン系の学科も増えているんですけど当時はあまりなくて、デザインといってもアカデミック寄りのところが多かったんです。でも東大に入ったんだから卒業はしたいなと。精密工学科はいろいろやっている学科だったので、そういう幅の広さが理系出身のデザイナーになるとしたら強みになるのかなと思っていました」

ちょうどひとり暮らしを始めたこともあって、家電に触れる機会が増えた時期だった。

南地「当時はデザイン家電が出始めた頃で買ったりしていたんですが、デザインはいいんだけど使いにくいものがあったんです。モノとして完成したときは美しいんだけど、使っているうちにボロボロになったりとか」

南地「家電は誰でも触れるものだし、そのデザインがおもしろいものになれば、と。センスでは美大出身の人にはかなわないんだろうけど、理系のバックボーンを使ってちがう観点でできるところがあるんじゃないか、機能を盾にしちゃえば形に対して誰も文句は言えないじゃないですか(笑)」
 
しかし、家電や車といったデザイナーの求人は、企業が声をかける大学が決まっていて、そこからの推薦プラス選抜で決まってしまう。美術を学んだという実績と、求人のルートがある大学へ進むことの必要性。これらの理由で美大への進学を決めたのだった。

かけ離れていく理想から一転

大学院を卒業後は東芝デザインセンターに勤務。4年間はテレビと連携するアプリやタブレットPCのプリインストールアプリ、ウェアラブルデバイス連携アプリのUI/UXデザインをおもに担当するが、その後に転機が訪れる。構造改革で事業の対象が企業寄りにシフトし、社会インフラ関係のUI/UXデザインに関わることになったのだ。一般消費者に向けたものに関わりを持ちたいと考えていた南地さんは、次第に転籍を考えるようになる。

南地「人材紹介会社にも登録しました。CMみたいに『あの企業が、こんなポジションが』というのが本当に出てきておもしろかったですが(笑)、最初はベンチャーに行くつもりはありませんでした」

自らを売り込むためにポートフォリオ(作品集)を作ったのだが、写真撮影が趣味だったので作品も載せていた。その中に大人向けのゾイドを作って撮った写真を紛れ込ませていた。すると子供の頃にゾイドのファンだったという担当者と話が盛り上がる。

南地「そうなんですよ、一周回って結局ロボットをやらせてもらえることになりました。そこで紹介されたのが今のGROOVE Xで、当時はまだ何の情報も出してなくて資金調達中。スタートして2年弱のときですね。でもモノは見せてもらえないし、名前もまだ出ていなくて」

GROOVE Xの内定をもらうと、開発途中のLOVOTを夫婦で見せてもらう機会を得た。東芝からの慰留もあり迷う気持ちもあったが、「幸せな気持ちになった」という妻の言葉を聞き、「全然ちがうことをやったほうがおもしろいのではないか」と転籍を決断する。

南地「担当したのはLOVOTと連携するスマートフォンのアプリです。僕が入ったときはアプリが影も形もないときだったので、『アプリ開発のために何でもする人』でしたね」

「モノ」をデザインする

ぐるっと回って憧れていたロボット開発に携わることになった南地さんだが、思わぬつながりから「製品そのもの」のデザインを担当することになる。

東芝の同期入社の友人がデザイン会社を立ち上げ、そこから仕事のオファーが舞い込んだ。岐阜県に枡を作っている企業があり、木材を加工して組み立てる技術はあるものの、折しもコロナ禍の影響を受けている。伝統的な技術を生かして何かできないか……そして生まれたのが、枡のおひつ『COBITSU』だった。

南地「これは会社の事業じゃなくて副業ですね。毎回どこかとやらせてもらうときには社長面談があるんですよ(笑)」

ひとつの製品をまるごとデザインするのは南地さんも初めて。だから友人たちにも連絡を取って報告した。

南地「友人に『こういうのを出したよ』と連絡したんですが、YGKの齊藤社長の弟さんとは高校時代の同級生なんです。買ってくれて、めちゃくちゃ感動してくれたんですよ。『同級生として誇らしい』とすごくほめてくれたんです」

南地「それで親類が集まられているときに、『エックステンショナーの企画があるんだけどデザインが……』という話が出たそうなんですよ。やっぱりデザイナーが必要だという流れから『南地ができるんちゃうん?』ということになって、その場から電話がかかってきて『ちょっとお兄ちゃんに代わるわ』と(笑)」

返事は決まっていたが、何はともあれ会社がある徳島県鳴門へ視察に行くこととなり、そして依頼を快諾。COBITSUがなければこの話はおそらく出なかったので、点々とつながっていった印象だと南地さんは言う。

南地「説明は受けたんですけど、けっこう最初は複雑な機構でしたね。操作性がUIレベルで難しそうだなと思ったのと、売るのが難しいと思われた部分が形状にも表れていて、それらを見直すところから始めました」

南地「COBITSUはユーザーを探すところから始まっているプロジェクトなんですよね。そもそもご飯を入れるものを作ろうとしていたわけじゃなくて、枡を作れる会社があるから何か売れる新しいものを作ろうと。エックステンショナーは最初から狙いがあるので開発者自身が究極のユーザー。開発者が使えればそのまま使えるものになるので、UX的な考えでいえばちがう次元のもの。使い勝手のテストは僕が実施しなくても完璧にやってくれました(笑)」
 
ただ、道のりは長かったと南地さん。

南地「毎日考えてました。副業なんですけどね(笑)。でも、うちの会社は割と定時で終えるのと、リモートワークがほとんどなので通勤時間の分をまるまる仕事に使えたのがありがたいですね。ひな形ができるまで2、3カ月。そこから金型を起こす上での設計変更も手伝いました」

数多くの試作品を経て生まれたエックステンショナーは、2023年のフィッシングショーに合わせて発表された。

“飽きるデザイン”の次へ

南地さんの大学院時代の研究テーマはロングライフデザイン。つまり長期間モデルチェンジすることなく愛されるデザインであり、車でいえば2001年まで販売されていた『ミニ』などがそれに当たる。

そんな南地さんから見て、今の釣り具のデザインはどのように映るのだろうか。

南地「僕が好きなデザインは『意図』が伝わるところなんですが、造形がアートみたいなレベルに行っちゃってて……ギラギラし過ぎてる部分もあるのかなと。デザイン自体は素晴らしいですし、スキルが必要なことも分かってるんですけど、ちょっとメッキが多いな、とか。情報があふれすぎちゃうと受け取る側もしんどいかなと思います」

もちろんジャンル独自の価値観や、個人的な好みがあることは承知の上。しかしクーラーボックスひとつ選ぶのも好みに合わず困った経験がある。めちゃくちゃ探し回りましたよ、と南地さん。

南地「もっと多様性があっていいよな、と思うんですよね。シンプルなものがあってもいいし、逆にもっとゴテゴテしているものがあってもいい。今は何か選択肢が狭いと思うんですよ。各社いろいろあるのに同じ方向に寄っちゃってもったいない」

それは釣り具だけに限らず、今はあらゆるものがそうなのかもしれないと南地さんは思う。そしてデザインの選択肢の幅が広がるよう、その手伝いと旗振り役がやれる存在でありたいと考えている。

南地「陳腐化するプログラム、というんですが、買い替えをさせる(数年で飽きる)デザインじゃないと商売が成立しない、成長も進化もしない、という部分はあります。ただSDGsが叫ばれる世の中、資源も限られる中、いかに経済を止めずに続けるかが課題です。すでにそういうデザインの動きは始まってると思うんですけど、一度整理する必要はあるかもしれません。釣り業界も同じだと思いますよ」


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