
世界を旅する釣り人であり、釣り具メーカーのツララ(エクストリーム)のフィールドスタッフもつとめる前野慎太郎さんが、各地への釣行で遭遇したエピソードをレポート。今回は、日本から遠く離れた南米ベネズエラへの釣り旅がテーマだ。
●写真/文:前野慎太郎(エクストリーム)
混迷を極める南米ベネズエラ。それでも釣りたい魚がいる
ルアマガ+をご覧の皆さまこんにちは。前野慎太郎です。今回私がご紹介するのは、日本からはほぼ地球の裏側にあたる南米大陸のベネズエラを旅した時の出来事。情勢不安・ハイパーインフレなど、世界情勢に事欠かない国だけあって大変な目に遭いましたが、憧れのピーコックバスを釣るために挑んできた旅をご紹介します。
そもそも、ベネズエラってどんな国?
ベネズエラは南米大陸北部にある国家で、ブラジル・コロンビア・ガイアナと陸路国境で面しています。世界有数の原油資源保有国と言われており、それを聞くと中東の国のような裕福な印象を持つかもしれませんが、実際はそうではなく、物価の急激な高騰(ハイパーインフレ)などの影響で、国民の生活は年々厳しくなっています。
とはいえ、私も遠く離れた日本でそんな話を小耳にするだけでは正直あまりピンときません。それよりもグラン・サバナ(偉大なるサバンナ)と呼ばれるギアナ高地や、広い南米大陸でも三指に入る北アマゾンの大河オリノコ川。そしてそこに住まう憧れの魚「キクラ・テメンシス(ツクナレ・アスー)」をこの目で見たいという願望が、日を追うごとに大きくなっていきます。そして2018年、この年に大きな混乱が起こるベネズエラだとはつゆ知らず、私はついにベネズエラへ旅立ったのでした。
南米独立の父 シモン・ボリーバルの像の前で記念撮影。
事前の情報とお札が違う…。情報皆無のベネズエラ。
日本から格安の航空券でスペインを経由し、はるばる50時間。ようやくベネズエラの首都カラカスのシモン・ボリバル国際空港に辿り着きました。入国審査を終えてからバックパックと釣り竿を取りに手荷物受取所へ行きますが、私の荷物が出てくる気配はありません。
業を煮やして空港職員に尋ねてみると、どうやら私の乗った飛行機の載せていた荷物の一部が、全く違う場所に飛ばされているようでした。私と同じくロストバゲッジした方が数人いましたが、どうやら3日後まで荷物は戻ってこないらしく、想定外の足止めを食らうことになりました。カラカスは南米でも屈指の治安が低いエリアなので、できるだけ早く移動したい私にとっては手痛い誤算です。
初手から想定外の事態ですが、悲観している場合ではありません。まずは現地で暮らすために両替をする必要があります。アメリカやヨーロッパなど主要国の通貨であれば、日本であらかじめ両替しておくことも可能ですが、日本の銀行の多くはベネズエラなど旅行者の少ない国の通貨は扱っていないので、現地で両替をする必要があります。通常なら空港や町にある正規の両替所にいくのですが、ベネズエラでは道端に闇両替商がたくさんおり、国が定めている料金とは違ったレートで両替の交渉をしてきます。
実は、当時のベネズエラには公定レートと実勢レートが存在していました(2025年時点は不明)。公定レートは政府が定めたレートですが、このレートに従っていては到底暮らせないので、実際にやり取りされているレートは実勢レートとなります。そしてこの実勢レートで取引をするためには、闇両替商を経由する必要があったのです。
私は事前に情報収集をしていた段階で闇両替のことは知っていたので特段驚くことはありませんでしたが、またもや想定外の出来事が起こります。単刀直入にいうと、ベネズエラの通貨が変わっていました。私が事前に調べていた情報では100、50、20、10、1ボリーバルが流通しているはずですが、闇両替商が出してきた紙幣は100、50000、20000ボリーバルといった、明らかに桁が違う紙幣なのです。
旧紙幣 私が騙されかけた時、彼が紙幣が変わったことを教えてくれた。
混乱する私に両替商は「紙幣が変わったんだよ」と言いますが、簡単には信用できません。とはいえインターネットも無い状態なので調べることもできず、一旦聞き込みに徹することにしました。 その間に私が知っている紙幣での両替話もありましたが、結論からいうと去年より紙幣の桁が多いものが現在流通している紙幣でした。私がそれを知らないと見るや、途端に旧紙幣で私のUSドルを搔っ攫おうとしてくるのですから、油断も隙もありません。空港周辺はレートも良くないので、3日間過ごすために必要な30USドル分のみ両替しました。
両替した、ベネズエラの新紙幣(2018年当時)。
一難去ってまた一難? 両替したくても、紙幣不足のベネズエラ
カラカスに到着してから3日目、ロストバゲッジしていた荷物を回収するために、私は空港へ向かいました。空港には私以外の荷物も含めてすべての荷物が無事到着しており、胸を撫でおろします。
ようやく旅のスタート地点に立った私は、オリノコ川に行くための移動手段を探すため、カラカスの中心部へ向かいました。ここで手持ちの1000USドルのうち600USドルをボリーバルに両替しようと動きますが、またもや誤算が生じます。紙幣が変わったのはいいのですが、その紙幣が需要に対して全く足りていなかったのです。
小額であればなんとかなりますが、私は最初から全て両替するつもりだったので、持っている紙幣全てが100USドルでした。そして両替商は100USドル相当のボリーバル現金を持っていないので、両替ができないという事態に陥ったのです。
どうしようかと途方にくれながらカラカスの町をさまよっていると、突然「おーい日本人!」と声を掛けられました。私はベネズエラに来るのは初めてで、もちろん友達はいません。なんだ? と怪訝な顔をしながら声のするほうへ振り向くと、大きなピックアップトラックから女性が手を振っています。よくよく見てみると、彼女は私と一緒の飛行機に乗っており、ロスバゲに巻き込まれたときに仲良くなった方でした。
両替ができず、途方にくれて彷徨っていた際に、助けてくれたご家族。
彼女は家族とどこかへ向かっているようでしたが、見たことのあるアジア人が大きな荷物を持って彷徨っているのを見つけ、声を掛けてくれたのでした。彼女に事の顛末を話すと、「私たちに任せなさい!」といい、車で向かった先は彼女たちが暮らすマンションの一室でした。興味と不安が入り混じるなかクローゼットを開けると、そこにはボリーバル新紙幣がパンパンに詰め込まれていました。
厚意で、USドルからベネズエラのボリーバル新紙幣へ両替してくれた。ちなみに、紙幣を数える機械もあった。
「好きなだけ両替してあげるわよ」という彼女に尋ねると、どうやらこの一家はベネズエラでは有名な大牧場主で、いわゆる超富裕層だったのです。無事に両替が終わった後も日本食を食べに連れて行ってくれたり、超高級ホテルの支配人に話を通してくれたり、ここにきてようやく運が上向いてきたのでした。
高級ホテルでコーディネーターと交渉。提案に対して、難色を示される…
牧場主のご家族のご協力もあって、普段の私ではまず見向きもしないようなホテルの応接間に案内される私。どうやらこのホテルの経営者がご家族とは懇意の中らしく「必ず良くしてくれるから!」といった具合で、ここまで送っていただけたのです。
応接間で待っていると、旅行案内人のホセと名乗る人物が現れました。「話は聞いた。どこに行きたいんだ? マラカイボか? それともエンジェルフォールか?」と問うホセに「オリノコ川!それもとっておきの奥地に行って、パボーン(ツクナレ)を釣りたい!」と答えましたが、ホセは難色を示します。
貧乏旅行の私には不釣り合いな、高級ホテルの客室。
それでも粘り強く交渉を重ねると、牧場主のご家族の力もあってか、このホテルに2週間宿泊、12日間の奥地釣りの費用と移動のためのチャーター車を、格安の700USドルで請け負ってもらえることになったのでした。
厄介な検問を通過し、辿り着いた先はオリノコの楽園
数日間カラカス市街を観光したのち、ついにオリノコの奥地を目指して出発します。想像よりもはるかに都会だったカラカスを抜けると、信号など一切ない一本道が続きます。変わったことと言えば、酷いときは1kmおきにベネズエラ軍による検問が行われていることです。
この検問がすさまじく厄介で、麻薬や銃器が無いかという大義名分で、毎度バックパックをひっくり返されては物珍しいものが無いか物色されるのです。ことあるごとに難癖付けてカメラや釣り具を没収してこようとしますが、こちらも一切渡す気はないので、毎回神経がすり減ります。そんな最悪の道中を2日間ほど走ると、ようやく南米有数の大河オリノコ川が見えてきました。
南アメリカ大陸では第三の大河となるオリノコ川。その中流域。
ここからさらに丸1日走り、ようやく今回私が釣りをするオリノコ支流のそのまた支流へ到着しました。
手付かずの楽園は大爆釣
途中からは舗装もなくなり、荒野をひた走っていると、突然オアシスのような建物が現れました。想像もしていなかったのですが、今回はこのロッジに宿泊しながら釣りをするようです。食事は基本的に持ち込んだ食材と釣った魚ですが、ハンモックやテントではなく雨風をしのげる建物があるだけで、貧乏旅人はとてつもなく安心するのです。
荒野に突然現れたロッジ。
さっそく釣りに繰り出しましたが、手付かずの自然だけあって憧れの魚が次から次へと喰いついてきました。
南米の淡水に生息する生物が持つ底しれぬパワーが釣り人を魅了
日本の淡水域では考えられないことですが、川にはたくさんの魚に加えてアマゾンカワイルカやメガネカイマンというワニが生息しています。小さい魚はもちろん捕食対象ですが、ピラニアやカンディルのように、小さくとも鋭い牙を持ち、集団で大きな魚に襲い掛かる種も多々見受けられます。
ただ体が大きいからといった単純な膂力(※編注:「りょりょく」筋力・腕力の意)で食物連鎖の頂点に立てるわけではなく、油断すればいつでも自分が捕食対象にされてしまうのが南米アマゾンなのです。そしてそこに住まう魚たちが一番自分の身をさらけ出す行為こそが「捕食時」であり、魚たちは長い月日の中でそれを理解しているからこそ、全力で捕食対象に襲い掛かり、全力で逃げていきます。この時に見せるアグレッシブさやパワーこそが、世界広しといえど私たち釣り人を南米に集約させる一番の要因なのだと思っています。
オリノコ川にのみ生息する、貴重なピーコックバスもキャッチ
流れの早いエリアをミノーで釣っていると、突然ひったくるような衝撃が釣り竿に走ります。もしやと思い慎重に釣り上げると、キクラ・インターメディアが上がってきました。
キクラ・インターメディア。
この魚は南米の広範囲に分布しているピーコックバスの中でもオリノコ川流域にしか生息していない珍しい魚で、どうしても釣りたかった魚でした。他にもピーコックバスの代表魚であるキクラ・テメンシスも大型が釣れ、私の初めての南米大陸での釣りは大成功に終わりました。
キクラ・テメンシス。
南米釣行にハマったきっかけの旅だった
この旅から原稿を書いている今まで頻繁に南米大陸で釣りをするようになる私ですが、それは間違いなくこの記事の経験が影響しているのでしょう。
ですが、それは魚がたくさん釣れるといった釣り人目線の理由だけではなく、全く違う文化や見たこともない生物の多様性、ふいに見上げると嫌でも目に入る、真っ赤に染まった夕日に心を奪われているのかもしれません。 好きが高じて今では南米大陸用の釣り竿まで作らせてもらうようになった私ですが、まだまだ満足することはなさそうで、これからも足繫く通うことになりそうです。
一生ここで釣りをするために頑張りたい。
アングラープロフィール
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