【速報&最速インタビュー!】メガバスに驚きの新メンバー加入!第2回陸王U-30覇者『植盛幹太』!!

2025年。メガバスのサポートアングラーに、27歳の若手・植盛幹太さんが新たに加入する。2023年の陸王U-30を制した岸釣りのスペシャリストなのだが、その来歴はメガバスのサポートを受けるアングラーとしては衝撃すぎるものだ。果たして彼は何者で、どこを目指すのか?

●文:ルアマガプラス編集部

メガバスとの出会い

植盛幹太さんは岡山県出身の27歳。

海からは距離がある地域で育ったこともあり、幼少期より淡水魚の釣りに慣れ親しんでいたという。

小学校中学年になる頃にはスケートボードやミニバスなど、様々なアクティビティと触れていた植盛さんだが、父親が購入してきたとあるVHSにより、世界が一変する。

メガバスCEO伊東由樹が出演する伝説的バスフィッシングビデオ『X-bites』と、当時メガバスサポートを受けていた金森隆志の『岸道』。衝撃的すぎるその出会いは、植盛さんをたちまちバスフィッシングの道に、そしてメガバスの道へと引き込んだ。

植盛「初めてのデストロイヤーはF6-69X ザ・スーパーデストロイヤーでした」

植盛「その後、お年玉で買った初代エヴォルジオンのF4-610XDti エルザイルが特に印象に残っています」

植盛「初めて50アップを釣ったのもエルザイルですし、芦田川の大会ではスマトラを投げて優勝もしましたよ」

それまで岡山の釣りウマ少年なだけだった植盛さんだが、その勝利を期に環境が変わったという。

植盛「やはり結果を残したことによる注目度は違いましたね。声をかけてもらうことが増えたり、人間関係が広がるようになりました。そしてそれと同時に、釣りと共に生きる道を意識するようになったんです。その結果、中学3年間は釣りしかやってなかったですね(笑)。ロッドもトマホークのF4-70GTZ紫竜、エヴォルジオン F5.1/2-70XTiスーパーディアブロやデストロイヤーレーシングコンディションのF2-610XSRCなど、色々使っていました」

ところが高校受験をきっかけに釣りを休止。それを終えると、ちょっとした運動…くらいに考えて再開したスケートボードに目覚め、中学時代からは一変。高校生活ではスケボー漬けの日々を送ったのだという。

その一方…

植盛「月に1回くらいはバス釣りに行く生活は続けていたんです。そして進路のことを考えていた折、金森さんと再開したのをきっかけに再び釣り業界で生きていく決心をしました」

当時の金森さんといえばすでにレイドジャパンを立ち上げていた時代。

植盛さんはレイドジャパンのサポートアングラーとして、バス釣り業界へ足を踏み入れたのだ。

植盛「でも思うようにはいきませんでした。今考えると、社会に出たことがない自分は、色々と『勘違い』してしまっていたのかもしれません」

自分自身の生き方に違和感を抱きながらも、もがき続けた植盛さん。ときには後ろ暗い気持ちで釣りを続けていた時期もあるという。

それでもがむしゃらに走り続けていく中で、少しずつ光明も見えてくる。

植盛「変わったのは、2023年の陸王U-30の優勝からですね。試合終了直後から自分を追い込むように自ら志願してサポートメーカーさんにロケをたくさん組んでいただきました。伊藤巧さんは陸王をきっかけに新しい世界が開けたんじゃないかと思います。だから自分も考えたんです。自身を追い込んだこの状況をすべてこなせれば、新しい世界が広がるはず。と…」

導き出された結論。

それは、一旦フリーになることだった。より自由な立ち位置から、釣り業界をフラットな目で確かめるのだ。

そして2024年春。植盛さんはレイドジャパンとの契約を終了した。

植盛「レイドジャパンさんではバス釣りのことはもちろん、業界のこと、そして社会人として大切なこともたくさん学びました。間違いなく、自分が大きく成長できた要因です。レイドジャパンさんがあったから今の自分がある。そして自分のさらなる成長こそが、その恩に報いることになると今は考えています」

自分のことは自分にはわからない

スケートボードは己の技を磨き、自己研鑽を積み重ねていく。

植盛さんにとってのバス釣りもまた同様だ。

植盛「自分自身の成長を、自分が一番見てみたいんです。バス釣りでそれを成し遂げたいとなると、やはりメーカーにサポートしてもらうことは必須事項であると考えました。もちろん、レイドさんを抜けてから声をかけていただいたメーカーも色々ありました。でも、縁もゆかりも無いところからサポートを受けるのは気が引けたんです。なんというか、リアルじゃないなって…」

そうなると、メーカーは絞られてくる。必然的に。決定的に。

植盛「でもどうしてか、自分では決めきれなかったんです」

迷い続ける植盛さん。

しかしその背中は、思いもよらない形で押されることになる。

植盛「お世話になっているトレジャーガードの社長さんと2人で話をしているときに、『かじやん(梶原智寛)と先日話しをしていて、メガバスがカッコよくて似合いそうだと思うよ』って言ってもらったんです。周りからの評価というものを改めて認識しましたよね。自分自身の評価とはこうも違うものなのかって」

さらには意外な人物との偶然の出会いもあった。

植盛「それから2024年の夏にアメリカに行ったんですが、そのときに伊藤巧さんとたまたま会って話した際に言われたんです。『メガバスに行くべき』だって」

伊藤さんといえば知る人ぞ知るメガバスファン。加えてアメリカでのトーナメント生活を通して、ワールドワイドなメガバスの活躍を肌で感じていたのだろう。

植盛「信頼のおける人たちに後押ししてもらって、『それでいいんだ』って腑に落ちたんです」

人に言われて決めたと言われればそれまでかもしれない。しかし一体どれほどの人が自分自身を客観的に図り切ることができうるのだろうか?

かくして植盛さんは、小学生時代に衝撃をうけた『メガバス』の門戸を叩く決意をしたのである。

メガバスで目指すもの

植盛さんには、他社との契約があったため、いってみればメガバス歴にブランクがある。そのため最近もメガバスルアーの凄さを改めて実感したそうだ。

植盛「実はつい先日までX-ナナハンを使ったことがなかったんです。オリジナル、+1、+2とあるわけですが、あるとき動きを見たら全部が全部、探し求めていたミノーの姿がそこにあったんです。実際、岡山で使った際にはそれまでの地元のセオリーをぶち壊す釣果が出ましたからね。通い慣れたフィールドですから、釣れるとき釣れないときの予想をするわけです。でもその予想をルアーパワーでひっくり返してくれたんです。やっぱり『メガバスは違う。』そう思いましたね」

植盛「歴史のあるメーカーですから、メガバシスト歴の長い方にはぜひとも色々教えていただきたいです。そうやって定番品の使い方を学んで、それを若い人たちに広めていく。そんな工程をぜひとも一緒に楽しんでいってもらえたらなと思っています。まずは人として、アングラーとして、その成長を結果として魅せていきます。そしてアングラー・植盛幹太の人生を好きになって、応援してもらえると嬉しいですね」


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