
『オガケン大学』開校——。幼少期に米国で釣りを始め、大学での水産研究を通し学んだ豊富な知識や2回に渡る365日連続釣行など、人並外れた知識と経験を持つ小川健太郎さんが、「釣り」を魚の生態から解き明かす。今回から第2章『音と匂いの世界』に突入!! 第1回目は“音が最も遠くまで届く理由”について。
●文:小川健太郎 ●イラスト:大和なでしこ ●写真:ルアマガプラス編集部
小川健太郎(おがわ・けんたろう)
TULALAという釣り人ひとりひとりの思い描く特殊な竿を作るインディーズなメーカーをやってます。個人では昔ルアーマガジンをはじめ、多くの釣り、車やアウトドア、音楽、新聞からタウン誌などで連載を何本もやっていたライター/アングラーでしたが、大型のトラックに追突されて腰を痛めてバッサリ引退し、イラストやデザインなどの仕事に転向。以来10年以上連載を控えていましたが、webなら締め切りがない、という甘言に釣られてちょこっと書いてみることに。よろしくお願い申し上げます。
第1章のおさらい:魚の三感、覚えてますか?
薄暗い研究室に、またいつもの顔ぶれが揃った。
ヨレヨレの白衣の教授、大きな水槽のバスくん、もう一つの水槽のマスくん、そして生徒たち。

教授「第2章へようこそ。前回の復習から始めましょう。魚の三感、覚えていますか?」
『オガケン大学』開校——。幼少期に米国で釣りを始め、大学での水産研究を通し学んだ豊富な知識や2回に渡る365日連続釣行など、人並外れた知識と経験を持つ小川健太郎さんが、「釣り」を魚の生態から解き明かす[…]

生徒「えっと……波の感知、視覚、化学物質の判別、でしたよね」
教授「完璧です。では今日から、その三感のうち最初の二つである音と匂いを深く掘り下げていきます」

バスくん「また解剖されるわけじゃないっすよね?」
教授「しません。今日は物理の話です」

マスくん「物理……ですか」
教授「そう。なぜ水の中では、音がとんでもなく遠くまで届くのか。その話です」
密度833倍、その意味をもう一度
(教授、黒板に「833倍」と大きく書く)

教授「前章でもお伝えしましたが、水は空気の833倍の密度があります。この数字、ただの豆知識ではありません。音の伝わり方を根本から変えてしまう、すべての出発点なんです」
生徒「どういうことですか?」
教授「音というのは、空気や水を伝わる『波』です。密度が高ければ高いほど、その波はより速く、より減衰しにくく伝わります」

マスくん「渓流育ちなもので、水の中の音の感じはなんとなくわかります。陸の上より、全然色んな音が聞こえる気がして」
教授「その感覚は正しい。数字で言いましょう」
(黒板に書く)
空気中の音速:秒速344m(マッハ1)
水中の音速:秒速約1,500m(空気の4.5倍!)
バスくん「……え、マッハって戦闘機の速さっすよね?それの4.5倍?」
教授「厳密には音速と戦闘機の速度は別物ですが、イメージとしてはそうです。水中の音は、空気中とは比べものにならないくらい速く、遠く、大きく届く」
生徒「だから魚って音に敏感なんですね」

バスくん「敏感というか……もう、うるさいんすよ、水の中。常に色々聞こえてる」
水中は「音の情報爆発」状態
教授「バスくんの言葉、これが本質をついています。水中というのは、音が遠くまで届くぶん、あらゆる場所の音が混在しているんです」
水中は常に何かが聞こえている状態だという。

生徒「どんな音が聞こえるんですか?」
教授「たとえば湖なら、対岸のボートのエンジン音、岸で誰かが歩いた足音の振動、ルアーが水面に落ちた衝撃……これらすべてが、水中に伝わってきます」
バスくん「ボートのエンジン、ホントうるさいんすよ。かなり遠くにいても聞こえる。あれで逃げることよくある」
マスくん「渓流でも、上流の工事の音が水を通じて届くことがあります。最初は何かと思いました」
生徒「そんなに遠くまで……」

教授「空気中だったら遠すぎて届かないような音も、水中では十分届いてしまうんです。これが、魚がルアーの着水音に気づく理由でもあります」
(教授、水槽の縁を指先で軽くトン、と叩く)
バスくん「……(ピクッとする)」
生徒「あ、バスくんが反応した!」
バスくん「だって聞こえてるんだもん。というか、振動も同時に来るから、全身でわかる感じっす」
教授「そう。水槽の壁を通じて、振動が水に伝わった。それをバスくんは全身で感じた。これが側線の仕事ですが、それは次回に詳しく話しましょう」
遠投が効く理由、これで説明できる
教授「少し釣りの話をしましょう。なぜ経験豊富な釣り人は、岸際に立たずに遠くからキャストするのか」
生徒「魚を驚かせないためですよね?」
教授「その通り。でも、音の話を踏まえると、もっと具体的に理解できます。釣り人が岸でドスドスと歩けば、その振動は地面から水際へ伝わり、水の中を音波として走る。水深のある湖なら、十メートル、二十メートル先の魚にもその音が届いてしまいます」

バスくん「足音、マジで聞こえてますから。それで逃げることよくある。『あ、釣り人だ』ってなる」
生徒「えええ……じゃあ普通に歩いただけで、魚に気づかれてるんですか」
バスくん「ガサガサ歩かれると、わかりますよ。でも、ゆっくりそーっと来た人は、けっこうギリギリまで気づかなかったこともある」
教授「そういうことです。静かにアプローチすること、遠くからキャストすること____これは単なる礼儀やマナーではなく、音の物理から来た合理的な戦略なんです」
じゃあ、音がありすぎても困る?________マスキングの話
教授「ところで、音がよく届くということは、必ずしも良いことばかりではありません。魚にとって、水中は常に『音の洪水』の中にいる状態です」

マスくん「渓流はとくにそうです。水の流れ、石が転がる音、上流からの落ち込み……ずっと色々聞こえていて、それが普通の状態です」
教授「この『普通の音の環境』を環境雑音と言います。そして、この環境雑音が特定の周波数の音を聞こえにくくしてしまうことがある。これを____」
(黒板に書く)
マスキング
「と言います」
生徒「マスキング?お面をかぶせるみたいな?」
教授「近い感覚です。ある音が、別の音を覆い隠してしまう現象です」
バスくん「マス釣りのチャンピオンのことじゃないっすよね?」
マスくん「……僕はチャンピオンではありません」

教授「川の環境雑音の多くは、低い音(50~200Hz程度)です。石や水の音というのは、基本的に低い周波数に集中しています。だから、川の中にいる魚に対して、同じくらい低い周波数の音を出すルアーを使っても___」
マスくん「環境の音と区別がつきにくくなる、ということですか」
教授「そうです。逆に言えば、環境雑音より少し高い周波数の音は、川でも魚に気づいてもらいやすくなります」
バスくん「川釣りだと、高めの音のルアーの方が反応いい気がするっていうの、そういうことっすか」
教授「まさにそういうことです。ルアーの音の高低は、『魚が好むかどうか』だけでなく、『その環境でそもそも聞こえるかどうか』も考える必要がある」

生徒「場所によって、有効な音の高さが違うんですね」
教授「湖のような静かな場所では、低い音でも十分届く。川のような流れのある場所では、ある程度高い音の方が環境雑音を突き抜けやすい。単純に『この音が好き、嫌い』という話だけではないんです」
静かに釣る、という作戦
教授「では、音をうまく使う釣りとは何でしょう」
生徒「……静かにする、ということ?」
教授「それも大事です。でも、それだけではない。マスキングを逆手に取ることもできます」
マスくん「逆手に、とは?」

教授「たとえば川で釣りをするとき、水の流れる音はマスクとして機能します。つまり、釣り人が近づいても、流れの音に紛れてある程度の音は魚に届きにくくなる。川での釣りが湖より接近戦でも成立しやすいのは、この環境雑音のせいでもあります」
バスくん「川のバスは、湖のバスより警戒心がゆるいって言われますよね。環境がそうさせて
るのかも」
音が激しい川は魚も騙しやすいという説も。
教授「個体差もありますが、音環境が影響している可能性は十分あります。一方で、クリアな湖で無音の状態が続いているとき、ルアーが『ポチャッ』と落ちたら___」
生徒「めちゃくちゃ聞こえますよね……」

バスくん「聞こえます。あの、ルアーが水に入るときの音って、けっこう気になるんすよ。大きいと警戒するし、小さいと逆に気になる」
教授「そう、着水音はただの雑音ではなく、魚に情報を与えています。大きな着水音は警戒を促し、小さな着水音は『何かが落ちた』という興味を引くこともある」
マスくん「渓流でも、虫が落ちるときの小さな音に反応することがよくあります」
ルアーを障害物に吊るし、音を発生させるのも魚の気を引くために重要なテクニックだ。

教授「つまり、音を完全に消すのが正解ではなく、状況に合わせた音の使い方が大事ということです」
今日のまとめ(黒板)
(教授、チョークを持ちながら黒板に整理する)
第2章 第1回のポイント
・水中の音速は秒速約1,500m(空気の4.5倍)
・音は速く、遠く、減衰しにくく届く
・足音・着水音・エンジン音は水中に伝わり、魚に届く
・環境雑音(川の音など)が特定の音をマスクする=マスキング
・川では高め、湖の静水では低い音でも届く
・静かな環境では着水音そのものが情報になる
教授「次回は、魚が音をどうやって受け取っているのか̶̶側線とウキブクロという、二つの特別な器官の話をします」
バスくん「オレの自慢の器官っすね」

マスくん「私も側線には自信があります」
生徒「楽しみにしています!」
次回予告:第2章 第2回「側線とウキブクロの秘密」
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