真水を使うのがキモな津本式の血抜きで魚が水っぽくならない理由【津本式マニアックス】



ルアマガプラスでもおなじみの「津本式・究極の血抜き」。その異次元の保存力と魚の美味しさを引き出す血抜き方法は、釣り人界隈だけでなく、料理人、漁師、水産関係でも広く認知されるようになってきました。が、ゆえに当然生まれてくるのが津本式の否定。特に言われるのが水を使う血抜きが故に、「魚が水っぽくなる。これは最大の弱点」という論調です。今回は、そのお話に終止符を打つべく、科学的な知見も含めて解説していきたいと思います。

とてもマニアックな津本式談義ですので、津本式をすると魚が水っぽくなるからアカン! とガンと拒否される方、もしくは、なんかアカデミックなお話がお好きな方、津本式を深く知りたい方以外は意味不明かもしれませんのでよろしくおねがいします。

【Profile】

津本光弘(つもと・みつひろ)

宮崎県長谷川水産に務める魚仕立て屋。死んだ魚にすら精度の高い血抜きを行える「津本式・究極の血抜き」の考案者。究極に簡単な血抜き法で、食卓を豊かに、笑顔に。そして魚を美味しくたべてもらうがモットー。YouTubeチャンネルも開設中。

そもそも、なぜ津本式は血は抜けるが身が水っぽくなると言われるのか

序文にも明記しましたが、津本式の処理の根幹となるのは水道水、真水です。

真水を使って動脈/腎臓のカット部(エラブタ上部)にホースによる圧迫を与え、そこから血管内に水を灌流させることで血抜きを行うことから、その処理中に血管内に行き渡った水は魚の筋組織などの身に水が染み渡るのは道理である。水浸しにならないわけがない。

というのがその否定の主張のひとつです。

この議論は津本式が確立されて、その原理が解明されつつある今でも、よく巻き起こる議論のひとつで、津本さんご自身は経験則で「そうはならない。実際なってない」という部分から、そもそも解決済みなのですが、それは解にならないと指摘する人が多くなってきました。

これそものは、ちゃんと解決できるお話なので方法をご案内すればいいわけですし、そういう意見や疑問はあっても然るべきです。いわば健全なアンチテーゼといえます。

また、血管内に直接注射器やカテーテル方式で、真水や、それらに類する(濃度を変えた液体)を注入すると、結果、魚の身に水が滲み出ていると指摘する実験者なども出てきて、実験結果から「確定的事実」とおっしゃる方も増えてきました。

なるほどなるほど! 単純に鵜呑みにせず事実を追求する姿勢は素晴らしい!

素晴らしい実験です! が、残念ながらその実験結果から津本式で血抜きした魚が水っぽくなるという証明にはならないのです……。そういったマニアックな部分も含めて言語化していこうと思います。

そもそも津本式・究極の血抜きとは何なのか?

まず、大前提。津本式・究極の血抜きとは「魚仕立て屋の津本光弘さんが考案した、究極に簡単に魚の血抜きを行う方法」です。

ホース1本で、原理さえ理解すれば誰でも、短い時間で簡単に血抜き処理することのできる魚の脱血技術、しかも死んだ魚にさえ使えるスペシャル技術! な、わけです。魚仕立て屋という職業柄、1尾に長い時間血抜きをするなんてナンセンス。数分で1尾の処理が完了する利便性を追求して確立された技法です。ここの根本はご理解ください。

で、どんな脱血技法かを、少しマニアックに言語化します。

動脈および腎臓に真水で水圧を掛けることで圧迫し、真水の浸透圧作用により血を溶血し排出する技術です。

鰓蓋の上部から背骨に沿う、動脈と腎臓を切断しそこを起点に真水をホースで圧迫、灌流することで血抜きを行う技術が「究極の血抜き」単に、ホース血抜きとも呼ばれる。

ここ、津本式の公認技師でさえ理解していない方もいらしゃるので、理解しておいたほうが良いポイントです。

ちなみに公認技師制度は考案者の津本光弘さんが独自に設けている制度で、やり方がわかっている人は★ひとつ。そこから原理や理屈を理解している人は★★。さらに高い技術を持っている人は★★★。とランクがあったりします。

古くから津本式を取り入れ実践し、前述の公認技師制度で数少ない★★★を獲得している、西新宿「にぎりて」のヘッドシェフ、保野淳さんはこう言います。

保野「津本式は厳密にいえば血液を『抜いている』のは一部の大きな血管のみで、その真髄は『血を溶かして脱水と共に排出』しているわけです。ですので、水を使う血抜きだけではなく、その後の処理も重要になってきます」

このなんだか難しいことを、誰でもできるような枠組みで、技術化、洗練したのが津本式なんですね。そうじゃないと、時間がいくらあっても足りませんから。

で、津本式での処理で水っぽくならない理由が既に解として上記記事内に提出されているので、既に理解された方も多いかとは思います。ですが、もう少し噛み砕きましょう。



尻尾切断から水と血を排出するパフォーマンスが生んだ弊害?

津本式をご存知の方は、切断した尾に露出した血管から、津本式のホース血抜き処理中に水がぴゅーっと出たり、血がぶわっと排出されるシーンが印象深く残っているかもしれません。

血管だけでなく腎臓を通じて繋がっている各部から水が排出されている。

津本さんご自身は再三、「尻尾から血が出たり水が出たりするのは重要ではないよ。圧迫が大事なんやからね!」と言われているのですが、そのとおり、それが起こる現象自体は重要ではありません。

あまりにもそこが印象的で逆に、「津本式は水の灌流により血管から血を洗い流しているんだな」と思われがちですが、津本式は水流により血を魚から洗い流す❝だけの技術❞ではありません! もう一度詳しめに書きます。

エラブタより動脈、腎臓に切れ込みを入れ、ホースなどによる水流で圧迫、加圧し、血管内に真水を灌流。水圧で洗い流せない細かな血管内の血液は浸透圧の原理で溶血、脱水工程と共に排出、保存の工程を行うという技術全体の枠組みを「津本式」と言います。

で、よく聞かれるのが海水じゃだめなの? は、この浸透圧の原理を使えないからなんです。つまり溶血作用が津本式の原理としてはキモのひとつなので、真水を使ってくださいと津本さんも言っているわけです。(そこを理解して応用されている方もいらっしゃいます)。

それ以外の理由もありますが割愛します(衛生面とか)。

浸透圧の原理についてはこちらのサイトがわかりやすいです↓↓関係ないですが梅酒の作り方とか考えてみると凄いですよね!

魚が水っぽくなる原理

さて、少し話を戻します。そもそもなぜ、このようなマニアックな解説記事を執筆することになったのかというと、

「血管内に水道水を入れると、それは少なからず身に染み渡ります。つまり漏れます。これは水っぽくなるってことの証左だと思います。そういう実験を見ました。津本式の水っぽくならないってのは違うと思います」

と津本さん自身にメッセージを送ってきたりする事案が増えてきたのですね。で、その意見の元になっているであろう実験などを拝見すると、魚の動脈などの血管に人の手術のようにカテーテル的に色付きの水道水などを流し込み、魚の身に与える影響などを見せているご様子。

興味深い実験です。で、その解についてもなるほど! と思うところもありますが……。これ、津本式が誕生した際に既に実践者が実験して確認していたりすることで、一定の周期で指摘が入る系のお話なんですね。

そもそもなんですが、この手の血抜き法、津本式との血抜き原理と違うことに気づきました。

津本式書籍の第二弾編集時にお手伝いいただいた、ミシュ○ンガイド掲載店の「熟成鮨・万」のシェフ白山さん曰く、「血管に水や焼酎を入れて血抜きするって技法はずっとやってましたし実験してきました」。では、やらなくなった理由は?

白山「時間がかかるのは致命的です。津本式を見つけてからは、これでいいじゃないか(マスト)ということになりました」

白山さんのおっしゃった「時間」というキーワードも重要なので頭の片隅においておいてください。

保野「なるほど、その否定意見が増えてきた実験などを拝見しましたが、これは注入する液体と血液を置換する技法ですね。そもそも津本式と同列に血抜きを論じるのはナンセンスと言えますね。簡単に申し上げると、この方法で仮にですが真水を注入すると、実験通りに水は身に染み渡るでしょうね。

ただ、これは議論とは別ですが仮に水が染み渡ったとしても脱水する方法はありますけどね……。では、話を戻しますね。

津本式のように急激な水圧を送るとその水は毛細血管まではさほど入れず、水を送るのをやめた後に薄まった血管内の血液との浸透圧で毛細血管の溶血が起こります。血液がサラサラの活魚のときに血液が抜けやすい(溶けやすい)のはこれが理由です。

カテーテルや注射などで点滴の様に血管内の液体の入れ替えをすると、液体は毛細血管内にもしっかり(10〜15分くらいかける)侵入します。

血液内の物質の交換は主に表面積の大きな毛細血管と組織間で行われますが、(津本式と比べて)時間をかけるカテーテルで毛細血管まで水を浸透させてしまえば身が水っぽくなるのは当然です。

こういった議論が顕在化するかなり前、津本式のグループ内で議論があったのですが、そちらを少し要約します。

「血管と直接触れるような組織からは浸透圧で、アクアポリンという水を通す膜上の“穴”からは能動な働きで水が入っていく(入っても少量)。

逆に言えば、毛細血管内に水がたくさん入り込まない限りは浸透圧で組織内に水が入り込むことが少ないため、身の細胞内に水が入っていかない理由になると思われます。

またおそらく短時間では真水ではなく、壊れた赤血球やタンパク質が残っているので、浸透圧もそこまで強くないはずです。

ただ、確かに毛細血管は組織との接する表面積が大きいので、血抜きに時間を“極端”にかけすぎた場合や浸透圧を調整した液体を心臓を動かし続けて時間をかけて置き換えない限り、まさに“水っぽく”なってしまう可能性はあるかもしれません。

津本さんの『この程度抜けていたらもう十分や』というコメントや『やりすぎなくていいよ』というコメントは、理にかなっていますし、もしかしたら? 経験的に津本さんや津本式実践者の皆様も多少は体験されておられてのコメントだったりしているのかも、と思っていたりします」

これはグループ内でお医者さんをされている方の知見です。先にも言いましたが、時間をかけて毛細血管を含めた血管内に液体を長時間、置換(滞留)した場合は、身のその液体が滲み出るという現象は十分に起こりえます。

それを経験的に理解していたからこそ、津本式のホース血抜きの時間は短時間が推奨されていて、なおかつ、続く脱水処理「立て掛け」が重要になってくるんです」と、語ってくれました。

また、内蔵を取り出すときに流水でしっかりと身を洗いますが、その程度では水っぽくなりません。そもそも身に水が浸透するほどの時間、水に晒しません。

処理した魚を立て掛けて、圧入した水や溶血した血を排出する大事な工程。これを飛ばして水っぽくなるとおっしゃる方も多い。なるべく早く脱水するのも津本式の技法のひとつ。

東京海洋大学で津本式を研究されている高橋希元助教も、ひとこと「時間をかけない、ってのは津本式のキモのひとつですよ」とおっしゃっていました。

高橋「血管から水が移動しないわけじゃないんです。でも、津本式に要する秒レベルの灌流処理では、筋肉中の水分含量が大幅に増加するといったデータは我々にはありません。

もし水っぽくなってしまうのであれば、灌流時間を短くするとか、その後の脱水工程をしっかり行えばよいかと思います。本にも書きましたが、血管に水を流すだけではなく、脱水や水洗い、冷やしこみすべての工程をしっかりと行ない、トータルで魚の品質をあげていくのが津本式です。

脱血方法や締め方もいろいろあり、それぞれにメリットとデメリットがあります。津本式は実際の現場で、誰でも少し練習すれば簡単に出来るという点で優れていると考えています」

結論! 津本式は水っぽくなりません!

津本さんはいいます。「水使ってる? 使ってるからって水っぽくならへんよ? だって、僕の魚使ってはる人、食べてはる人はわかってるもん」

そう、既に、ちゃんと仕立てられた魚は、津本さんの技法の正しさを証明しています。

ですが、それでも理論、理屈が伴わないと認めないという人も多々いらっしゃるのもわかります。ですので、あえて、このような形で解説しました。実験、指摘、大いにあって良いと思います。ですが端的な情報で否定するのは議論が足りないかなと思います。

正しく津本式で処理したら、魚は水っぽくなりません。中途半端に試して、必要な手順を飛ばしたり、注意点を見逃したりすると、もしかしておっしゃるように水っぽくなるかもしれません。

その理屈についても少し解説できたかと思います。

死んだ魚にさえ、血抜き処理ができる。そして美味しい魚を仕立てられる「一助」となるのが津本式です。正しい理解と正しい知識。そして正しい技術で、この簡単でローコストな食材パワーアップ法を楽しんでくださいね!